専務理事 中嶋壽志 のコラム
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0367
2012年問題が来る
2012年問題が、近々に話題になることは間違いない。
2012年問題とは何か。それは、先送りされた2007年問題と言ってもいい。昭和22年から24年に生まれたいわゆる「団塊の世代」が2007年から60歳の定年を迎えるために、労働力不足や技術承継問題など経済、社会に重大な影響が起こることが心配されたのがそれである。しかし、実際には雇用延長制度の導入や定年延長などによって、大きな混乱もなく現在に至っている。
だが、かといって当時心配されていたことが解決されたのかといえば、まったくそうではない。実は、問題の本質的な解決を5年間先送りすることによって回避してきたのである。そして、その期限が再び来年に否応なしにやってくる。今度は問題の先送りはできない。団塊の世代もいよいよ65才を迎えるのだ。65才以上というと、統計では高齢者に分類されてしまう。
団塊の世代も60歳の時には、まだ働けるし、働きたいと思った人が大部分で、実際にその希望通りになった。しかし、今度はさすがに組織に残るのは難しいだろうし、この辺が潮時と考えている者も多いと推測される。まさに、団塊の世代の労働市場から退出が現実のものとなるのが2012年というわけである。
2007年当時心配された労働力不足は、その後のリーマンショックを経て逆に雇用過剰へと様相が変わってしまった。しかし、中長期的に見た労働力不足は日本経済の制約要因であることに変わりはない。また、技術承継問題も、グローバル化にともなう中国はじめ新興国の追い上げが急で、日本のモノづくり基盤を再構築するうえで重要性が更に高まっている。
さらには、彼らは年金生活者となりこれまでの貯蓄の取り崩しも始まる。その結果、日本の債務残高の大きさが、改めてリスク要因として市場の評価にさらされることになろう。
日本経済は2012年に向け、潜在的な撹乱要因を抱えていると言っても過言ではない。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2011年07月12日|コメントを書き込む
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0344
静岡県が直面する景気回復の壁
静岡県経済はかつて経験のない苦境の中にある。2007年までは、愛知県などと並び全国で最も景気が堅調な地域であった静岡県。それがリーマンショックにより一転してしまう。輸出依存が高い産業構造ゆえに、世界同時不況のマイナス影響が、他都道府県に比べよりストレートに、かつより強く表れたのである。
ところが、2009年の1-3月を底に、日本経済が回復傾向をたどる中で、静岡県の景気の戻りがどうも芳しくないのである。典型は雇用情勢と生産活動である。
まず、雇用情勢だが、有効求人倍率が昨年2月に全国を下回って以来、1年以上にわたり全国の数字を上回っていない。そもそも有効求人倍率が全国を下回ったことは、統計を取り始めてから一度もなかったことでもある。また、鉱工業生産指数の回復度合いも全国を下回ってしまっている。
このところの日本経済の回復を支えているのが、中国、インドなど新興国の景気回復に伴う外需の伸びである。これまでであれば、外需が伸びれば、静岡県経済はそれに敏感に反応し全国を上回る回復を実現するというのが常であった。しかし、今回はどうも様子が異なる。外需主導の景気回復局面にもかかわらず、外需に高依存する静岡県経済がもたついているのである。
この理由のひとつは、静岡県が欧米中心の輸出構造になっていることにある。たとえば二輪車をみると、国内生産は付加価値の高い大型バイクだけで、それ以外は新興国での現地生産がほとんどである。大型バイクの市場は欧米先進国であり、新興国の景気が回復しても輸出は増えにくくなっているのである。
もうひとつは、新興国での部品メーカーが急速に台頭してきていることがある。もちろん現地企業が競争力をつけてきていることもあるが、同時に静岡県内でも電気、自動車などの中小部品メーカーが、アジア進出を積極化しているため、アジアの成長が県内の生産に結び付きにくくなっているのだ。まさに、外需が回復しているにも関わらず、静岡県が回復の壁に直面してしまっている訳がここにある。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2010年07月06日|コメントを書き込む
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0327
中高年にもうひとつ趣味を
景気の自律的な回復には、内需の拡大が不可欠。これに異論を挟む者はいないだろう。しかし、現実には内需をなかなか増やせていないというのが、日本経済の実態だ。
内需を構成する最大の要素は、個人消費であり、これだけで全内需の77%をも占めている。内需の拡大とは、個人消費の拡大と言い換えても差し支えないのはこのためである。
そこで、個人消費を増やす為のアイデアをひとつ。「中高年の皆さんに、これからもうひとつの新しい趣味を持ってもらう」というのはどうだろうか。今、日本人は1500兆円もの個人金融資産を保有しており、決してお金が無いわけではない。しかも、この個人金融資産の過半は中高年が所有しているといわれる。
このお金を使ってもらうには、趣味を持ってもらうのが一番である。なぜなら、人間好きなことには支出を惜しまない。例えば楽器演奏、ツーリング、写真など何でも新たに始めたらどうだろう。当然、楽器、バイク、カメラなどの支出が増えるのはいうまでもないが、それらを習うための学習需要も生まれる。
楽器の演奏ができるようになれば、人前で演奏したくなるのは人情だ。写真だって、よく撮れたものは、誰かに見てもらいたくなるものだ。こうして、コンサートや展覧会が開かれ、そこに人も集まるようになる。
さらに、趣味が増えれば、当然精神的にも豊かになり、地域の文化度が上がるのはいうまでもない。それに加え、精神的に豊かになれば、心の健康が高まるだけでなく、肉体的な健康にも貢献しよう。そうなれば、社会の医療コスト低減にもつながることになる。
現在の中高年は、日本の高度成長を支え、物的豊かさを手に入れる原動力となってきた。しかし、その代償として、趣味を放棄してきた面も強い。だからこそ彼らには、精神的な豊かさを満喫してもらいたい。自分自身が精神的に豊かになることで、内需の振興にも貢献できるのだから、まさに一石二鳥である。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2009年11月26日|コメントを読む(1)|コメントを書き込む
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0307
エコポイント争奪戦を活力に
エコポイント制度が15日から始まった。内需拡大と環境対策の一石二鳥を担う施策でもある。
しかし、実際どういう形でポイントがもらえるのか、ポイントはいつから何に交換できるのかなど具体的な内容は未定のままでの見切り発車となってしまった。詳細を詰めないまま、スタートせざるを得なかったのは、エコポイント制度の導入が発表されてから、対象商品である地デジ対応テレビ、エアコン、冷蔵庫に深刻な買い控えが起こってしまったからである。
内需拡大を狙っての対策が、逆に消費不振を招いてしまったのだから皮肉である。だから、この制度が盛られた補正予算がまだ参議院での審議を残しているにもかかわらず、スタートを急ぐ必要に迫られたというわけだ。
買い控えが起こったということは、この制度への期待の大きさを物語るが、その効果を左右するのは、エコポイントの使い勝手いかんにかかっているといってもよいだろう。エコポイントが使える対象が広がるのは、バラマキとの意見もあるようだが、むしろ現金並に何にでも利用可能な方がエコポイントの魅力はさらに高まる。そうなれば、エコ家電の購入をより刺激することになるだろう。
一方、消費者が手にしたエコポイントをいかに使ってもらうか、企業はあの手この手を考える。エコポイントの利用範囲が広ければ、それだけ多くの企業を巻き込んだ、エコポイント争奪戦となる。それは正に、個々の事業者にとって知恵比べでありアイデア勝負でもある。こうした企業努力が行われることで、経済は活性化し活力ある状態になる。
最近、受け身で大人しい草食系男子が増えているというが、企業はこれとは逆に肉食系でなくては生き残れない。エコポイントが企業をチャレンジングな肉食系に変える契機となれば、エコポイント制度が単なる景気対策に止まらず、企業体質を強化することにも貢献することになる。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2009年05月29日|コメントを書き込む
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0292
百年に一度の経済危機をチャンスに
米国のサブプライムローン問題に端を発した金融経済危機は、予想をはるかに超えた大きさと広がりをもって世界中に伝播している。震源地の米国では、大手投資銀行のリーマンブラザーズが破綻を余儀なくされたが、事はそれだけに止まらない。米国最大の保険会社グループであるAIGグループ、最大の金融グループ「シティ」のいずれもが、政府の支援なくしては立ち行かない状況に追い込まれた。金融だけでなく、米国産業の象徴でもある自動車産業のビック3も、金融危機が発端となった販売不振によって深刻な経営危機に陥ってしまっている。それぞれの企業は、米国で最大ということは、世界で最大の規模を誇ると同義でもある。まさに世界最大の企業が複数同時に危機に瀕するという超異常事態でもあるのだ。
欧州に目をやっても、主要国の大手金融機関がいずれも公的支援を受けざるを得なくなっている。イギリス、スペインなどは米国同様の不動産ブバルの崩壊が起こり、実態経済も相当痛んできているという。もっと深刻なのはアイスランドであり、金融に過度に依存した経済構造のため、金融危機のマイナス影響がより深刻に影響し、国の存亡にかかわる危機的状況に追い込まれている。
一方、サブプライムローン問題の悪影響がもっとも少ないと言われていた日本。しかし、欧米の実態経済の悪化が、輸出産業主導による景気回復を実現してきた国内経済を蝕み始めている。世界最強の製造業「トヨタ」が何と1兆円もの減益となることを発表したのだ。トヨタだけでなく、電気、精密機械など輸出型の製造業では、減益修正が相次いでいる。
また、株価の下落も続き、あっさりとバブル崩壊以降の最安値を下回ってしまった。この結果、健全だといわれた日本の金融機関にも金融不安の影が広がっている。
こうした状況を見れば、今世界が直面している状況は、まさに「百年に一度の経済危機」であるというのも決してオーバーな表現ではない。しかし、現状を過度に悲観してばかりであってはならない。よく企業経営では、「絶好調時に危機が芽生え、苦境時にはチャンスが潜む」などと言われる。これに倣えば、100年に一度の経済危機に見舞われている今は、100年に一度のビジネスチャンスの時でもあると考えられなくはない。チャンスを生かすには、丑年(COW)になぞらえて言えば、Change(変革)が必要であり、その為には守りというよりもむしろOffense(攻撃)の姿勢と、経営者=トップマネジメントの確固としたWill(意思)が不可欠であると思われる。大変な経済情勢だからこそ、多様なチャレンジが行われることを大いに期待したいものである。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2008年11月28日|コメントを書き込む
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0272
世はまさにスピードの時代
北京オリンピック開催まで残り2ヶ月余りとなった。薄型テレビの販売増を期待する家電メーカーや観戦ツアー客を当て込む旅行業界などオリンピックをビジネスチャンスと考える企業、業界も多いと思われる。そうした中で、今最も注目されているのがイギリスのスピード社であるといっても良いだろう。去る6月6日から行われた北京五輪壮行会を兼ねた競泳のジャパンオープン。開催前から異様な注目が集まった。その対象は選手というよりも水着である。というのも、英スピード社製の水着レーザー・レーサー(LR)を着た選手が、今年に入って世界新記録を連発していたからである。そうした中、日本選手が、公式の試合でスピード社の水着を試すというのがこのジャパンオープンであったのだ。日本水泳連盟はスピード社と水着提供契約を結んでいないため、日本選手は原則的には五輪本番でLRが着用できない。このため日本水泳連盟では、国内メーカーにLRに対抗できるよう水着の改良を依頼するなどしていた。
ジャパンオープンの結果は、LRを着た選手の日本記録更新が相次ぎ、極め付けは北島選手が200メートル平泳ぎで世界新記録を出すに至り、前評判を上回るLRの有効性が証明されることになった。この結果を受け、選手とスポンサー契約を結んでいた日本のスポーツ用品メーカーも、北京五輪でのLR着用を認めざるを得なくなってしまったのだ。
「たかが水着でこんなにも違うのか」は素人である私の率直な感想である。しかも、それを作ったのはイギリスの企業であるというから再度の驚きである。ロールスロイス、ジャガー、ローバーなど英国の名門製造業は、ほとんどが他国企業の傘下入りを余儀なくされ、金融では存在感を示せても、モノ作りの斜陽化は顕著である。その象徴はジャガーで、かつて植民地であったインドのタタ財閥に買収されてしまったことが、それを如実に物語る。
そして、もっと大きなショックは、日本のモノづくりの技術をもってしても、LRを上回る水着を作れなかったことである。確かに、時間がなかったということはある。しかし、今やスピード社ならぬ「スピード経済」の時代だといわれる。「規模の経済」から「範囲の経済」の時代を経てスピードが企業の競争力を左右するようになっているのだ。スピードこそが企業間競争で最優先される経営要素である。ユーザーである日本水連が必要としているときに、必要な商品が提供できなかったというのは、明らかに企業間競争では敗北を意味する。「スピード経済」の下、スピード社のスピードに負けたというのは何かの皮肉だろうか。モノづくり立国、技術立国を目指すわが国としては、単なる水着での負けではあるが、これを他山の石として、今一度モノづくりの原点を見直す良い機会にしたいものである。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2008年06月16日|コメントを書き込む
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0254
2008年はMouseならぬHouse
2008年の干支は子=Mouseである。だが、2008年の日本経済を占う上でのキーワードは、MouseならぬHouseということになるのではないだろうか。2007年に入っても堅調な世界経済に牽引され、日本経済は戦後最長の好景気「いざなぎ景気」の景気拡大期間を更新し続けてきた。しかし、後半になるとその流れにも変調の兆しが現れるようになった。米国のサブプライムローン問題の拡散、建築基準法改正に伴う住宅建設の減速が起こったからである。
まず、サブプライムローン問題であるが、リスクを分散するための住宅ローン債権の証券化という手法が、皮肉にもその存在を地下に潜らせ、見えないことが不安を煽るという悪循環を招いている。夏場以降、繰り返し問題視され、その度に世界の株式市場を混乱させているのも、一体サブプライムローンの焦げ付きはいくらになるのか、そしてその被害を誰が被るのかが見えないことに最大の原因があると思われる。今、世界の金融市場はあたかも地雷原であるかの様相を呈してしまった。サブプライムローン問題の本質は米国での住宅価格の下落にある。その結果、プライムローンへの借り換えができず、加えて当初の低金利期間が終了したことで返済額が跳ね上がり、デフォルトが急増する事態を招くこととなったわけである。サブプライムローン問題がさらに深刻化するか否かは、住宅価格が下げ止まるか否かにかかっているとも言えよう。
一方、日本国内でも住宅問題が景気の足を引っ張り始めている。建築基準法が改正されて建築確認許可に時間がかかるようになったために、住宅着工戸数が大幅に減少しているからである。新築住宅の動向は、当然個人消費にも影響する。住宅が新築されれば、家具や家電製品などの消費を誘発する。住宅建設の低迷が長引けば、そのマイナスの影響が個人消費にも飛び火しかねない。
このようにみると、2008年のわが国の景気動向は、2つのHouse(住宅)問題が鍵を握っているといっても過言ではない。米国の住宅市場の動向次第が、今後のサブプライムローン問題を収束させもするし深刻化させもする。後者の場合は、その影響が米国実体経済にも及び、世界経済の牽引役の座を降りるようなことになれば、これまでの日本の外需依存による景気回復メカニズムが根底から覆ってしまう。今のところ各調査機関の2008年の経済予測をみると、サブプライムローン問題も落ち着き、国内の住宅建設も回復に向かうと予測しているところが多く、景気は減速しても後退することはないだろうという見方が支配的である。はたして各調査機関の予測通りになるのか、日米のHouse(住宅)動向からしばらく目が離せない。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2007年12月20日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0236
結婚しない日本人 生涯未婚率の急上昇
日本の人口が2005年から減少に転じたことが、国勢調査の結果から明らかになった。これから、日本の人口は急速に減少の坂を転げ落ちていくことになる。人口減少の理由は、どこにあるのだろうか。一般的には、少子化が人口減少の原因であるといわれる。それ自体は、決して間違ってはいない。団塊の世代である昭和24年生まれは、何と270万人であったが、最近の出生数は110万人程度である。いかに子供の数が少なくなっているかが理解できよう。
では、何故子供の数が減っているのだろうか。それは、当然ながら子供を生まないからだと思われがちだ。ところが、「夫婦完結出生児数」という統計をみると意外な事実が浮かんでくる。そもそも、この夫婦完結出生児数がどういう統計かというと、夫婦生活を15-19年続けている世帯の出生児数の平均であり、この数値はまだ2.09なのだ。日本の出生率1.32と比べてみると、ずいぶん高い数字であるということだ。つまり、結婚して夫婦生活を相当期間続けている夫婦は、2人以上の子供を生んでいるのだ。
にもかかわらず少子化が進んでいる理由は、結婚しない人間が増加しているということにある。実際、2005年の30-34才の男性の未婚率は47.1%(女性は32%)で半数がまだ未婚の状態である。さらに衝撃的な数字は、生涯未婚率である。生涯未婚率とは50才の未婚率のことを特別にこう呼んでいる。その生涯未婚率が80年代以降急上昇している。70年代までの生涯未婚率は、男女とも1%台であり、この頃までは日本人はほとんどが結婚していたといえる。ところが、2005年の生涯未婚率は、なんと驚いたことに男性15.4%、女性6.8%に急上昇しているのだ。特に、男性の生涯未婚率は、30年くらいの間に、10倍に跳ね上がっているのである。
さらに衝撃的なことは、昨年12月に推計し直された人口予測では、1990年生まれの人の生涯未婚率が27%(低位予測のケース)という前提で推計されているのである。1990年生まれといえば、現在高校2年生である。ということは、彼らの約3割りは一生独身のままということになる。信じられない数字である。つまり、結婚しない人が急増することこそ、少子化の真の原因であり、この点の解決なくして、少子化の解決はあり得ない。
さて、どうすれば生涯未婚率を押さえることができるか。確かに、結婚に夢や価値を認めない若者も増えている。バブル崩壊後の就職氷河期にやむなくフリーターになった者たちは、収入面の不安から結婚を躊躇する。この問題の解決は、とても一筋縄ではいかない。ただ、結婚に夢や希望を託せない社会は不幸であることだけは間違いない。今月は丁度参院選がある。年金問題も重要であるが、日本人の未婚問題もそれに劣らず重要な政治テーマであるといえるのではないだろうか。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2007年07月09日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0226
日本の将来推計人口が改定された
2005年の出生率が1.26にまで低下したことから、それに伴って日本の将来推計人口も推計し直された。その結果、少子高齢化の進展はより深刻化することが鮮明になった。それまでの予測では、2050年の日本の人口は、約1億人と推計されていた。これでもショッキングであるのに、新推計では更に1000万人の減少が上積みされ、8997万人(低位推計)という予想である。今後45年の間に、何と3800万人の人口減が起こるのである。これは、日本から東京が3つ以上なくなることであり、静岡県が10個分なくなってしまうことを意味する。
そして更に重要なことは、人口は全国どの地域も同じように減少が起こるのではないということだ。2050年東京はどうなっているだろうか。相変わらず1000万人が住んでいるだろうことは、かなり確度が高くはないだろうか。東京駅周辺、六本木など都内では活発に投資が行われ再開発が次々と行われていることからも、容易に推測できよう。
東京の人口が減らないとなれば、3800万人の人口減は残りの地域で起こるということだ。そうなると、都道府県別、市町村別に見たときには、とてつもない人口減少が起こる地域が出現するという可能性が大きい。地域間競争ということは、これまでもずっと言われ続けてきた。しかし、それはまだ日本の人口が全体としては増加してきた中で言われてきたことである。ところがこれからは3800万人が減少する中での地域間のヒトの奪い合いであり、その深刻度はこれまでの地域間競争の比ではない。
それだけに、ひとつの都市の中で中心部と郊外が足の引っ張り合いをしていていいのだろうか。商業問題では多くの都市でこうした傾向が顕著である。今後は、都市間競争に勝利するためには商業はどうあるべきかという視点こそが不可欠である。なにも商業問題に限ったことではない。今後地域問題を考える上で、このことはありとあらゆる点で言えることでもある。
丁度、4月には統一地方選挙がある。今後の首長選び、議員選びには、目先の利害ではなく、自分の住む町をどの方向にもっていこうとしているのか、そのための戦略はどうか、そして、その結果、わが町は地域間競争に勝てるのかを、真剣に見定める必要がある。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2007年04月06日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0215
「いざなき景気超え」当事者と傍観者
2002年1月を底として回復が始まった日本経済は、2006年11月で58ヵ月間連続の景気拡大となり、いざなき景気(57ヵ月)超えがほぼ確実になっている。戦後、もっとも息の長い景気拡大を達成することになるわけだが、多くの企業、個人が肌で感じている景況感は、マスコミを通じて発表されるマクロの景気判断とは乖離があるのも事実である。11月7日に発表された帝国データバンクの調査結果によれば、今の景気拡大について「実感がない」とする企業の割合がなんと8割にも達し、それを裏付ける結果となった。
確かに、今回の景気回復局面は、過去のそれと比べると何かにつけ異例ずくめである。例えば、好調業種の代表ともいえる自動車産業でも、国内販売を見れば、軽自動車は絶好調であるが、それ以外はむしろ低迷しているのだ。にもかかわらず過去最高益を上げられるのは、ひとえに海外の販売が好調だからである。デジタル家電分野も薄型テレビなど販売台数の伸びは著しいが、その一方で販売価格の下落も半端ではない。日本経済全体では、デフレを克服する方向にあるが、ことデジタル家電分野に限れば、依然凄まじいデフレが続いており、デジタルデフレの荒波にもまれ苦悩する電機メーカーも少なくない。さらに地域ごとにみても、輸出型の加工組立産業が立地する地域と観光地伊豆のような内需型産業の集積地とでは明暗が鮮明になっている。つまり、業種間、地域間、企業間、さらには同じ企業内でも事業分野間など様々なところでは格差が広がっているのだ。
こうした現状に対して、これまで我々が経験してきた景気回復局面はどうだっただろうか。過去の景気回復局面は、その恩恵が太陽の光のように、広くあまねく行き渡り、日が当たらないのは常に少数派であったように思う。右肩上がりという強力な光源があったからこそ、多くの人を明るく、暖かくさせることができたのだ。しかし、今回の景気回復局面では、その強力な光源は影を潜め、まさにスポットライトのように局所を照らす。むしろ光の当たっているほうが少数派なのである。
多分、2007年も緩やかな景気回復が持続するものと思われる。だからといって、待っていればスポットライトの光の範囲が広がり、その中に入れるなんて安易に考えないほうがいい。つまり、自らが経営努力によって自分の事業にスポットライトを当てるようにしない限り、他力本願ではなかなか光が当たることはないのだ。今回の景気回復は、強力なひとつの光源に照らされたものではなく、スポットライトの集合でもある。自らのチャレンジでスポットライトを灯したものが、この景気回復の当事者になれる。そうでなければ、いつまでたっても「戦後最長の好景気」の傍観者としてのポジションから脱出はできないと思われる。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2006年11月17日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0204
「O、N」揃って病と闘う
O、Nが今、揃って病と闘っている。O、Nとは言うまでもなく、ソフトバンクホークス監督の王貞治氏であり、読売ジャイアンツの終身名誉監督である長嶋茂雄氏である。ふたりは、高度成長期のスーパースターであり、団塊の世代はもとより世代を超えて多くの人々のヒーローでもあった。「記憶に残る長嶋、記録に残る王」「天才肌の長嶋、努力家の王」などとも言われるように、二人は同じ野球界の同一チームに身を置きながら、全く異なる個性を発揮し、ファンも二分してきた。ところが、高度成長の終焉とともに、まず長嶋が、やがて王も現役引退を余儀なくされ、二人のヒーローのプレー姿はみられなくなった。
しかし、二人は選手ではなくなっても監督として引き続き、野球の世界で輝きを維持し続ける。そして、そのピークこそ、2000年、20世紀最後の日本シリーズでのO、N対決であった。だがその後、アテネオリンピックの日本代表監督になるはずであった長嶋氏は、脳梗塞で倒れ、今また王氏がプロ野球シーズン途中で癌との闘病を余儀なくされている。団塊の世代を含めた中高年のヒーロー二人は、闘いの場を野球から病気へと変えざるを得なくなったのだ。しかも、ふたりの病は生活習慣病の代表ともいうべき脳梗塞と癌である。
それだけに、その姿は定年を間近に控える団塊の世代にとって、将来の最大の関心事である健康問題とオーバーラップする。と言うのは、二人が今直面している病との闘いは、彼らのファンであった世代の誰もが今後同じ場面に直面する可能性のある闘いでもあるからだ。高度成長期、二人のヒーローのプレイで元気づけられ、ストレス解消ができた世代は多いはずである。そして今また、自分の将来が、ふたりに重ね合わさる。「O、N」と時代を共にした人たちの多くが、二人の闘病を目の当たりにし、改めて時代の共有を再認識させられたのではないだろうか。
早く元気になって、ユニホーム姿を見せてもらいたい。多くのファンの願いでもある。野球でファンを魅了してきたヒーローが、こんどは病気を克服する姿によって多くの人々を元気づける。O、Nにはいつまでたっても、どんな場面におかれても、ヒーローであり続けてもらいたい。そんな風に思う中高年は、決して私ひとりだけではないのではないだろうか。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2006年08月25日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0192
バブル景気に並んでも過熱感がない不思議
4月も、景気が回復基調にあることがほぼ確実となった。これで2002年2月から回復をはじめた現在の景気の拡大期間は51ヶ月となり、ついに戦後2番目の長さであるあの「バブル景気(1986.11底から1991.2山)」に並らぶこととなった。もはや、残るのは戦後最長の好景気である「いざなぎ景気(57ヶ月)」で、それさえも完全に射程圏内にとらえたといっても過言ではない。
しかし、バブル景気に並んだとはいえ、景気の実感はまったく異なっている。バブル景気の頃を思い返してみよう。資産高騰、それに伴う高額品消費、日本的経営への賞賛。誰もが好況を実感し、自信に満ち溢れ、企業、個人を問わず、すべてが熱狂の宴への参加者でもあった。
翻って今回の景気回復局面はどうだろうか。景気は回復していたことになっているが、3年前の4月は、日経平均株価が7600円をつけ、金融不安はピークにあった。今でも、依然として景気回復の実感はないという巷の声が多いのも事実である。まさに、同じ好景気の51ヶ月とはいえ、その景気実感には雲泥の差がある。
何故こうも景気実感が異なるのだろうか。これまでの常識からすれば、51ヶ月も景気の拡大が続けば、過熱感が伴うのが普通である。しかし、現状は景気に過熱感はほとんど感じられない。この理由ひとつとして考えられるのは、今回の景気回復は、デフレ下の景気回復であるということだ。過去最高益を上げる自動車メーカーも、国内ではそれほど儲けてはてはいない。大型店の販売額も決して伸びてはいない。国内では多くの業種、企業で売り上げが伸ばせていないのだ。これこそ、まさにデフレであり、価格の低下や、消費の先延ばしが起こっているのである。企業の利益の回復も、収入の増加に伴うものではなく、リストラに負うところが大きく、利益増が必ずしも好況感にはつながらない。
もうひとつの理由は、民間企業の構造改革に主導された景気回復だということだ。小泉政権はそれまでの財政主導による景気対策を見直し、構造改革を優先させたが、皮肉にも行財政改革は遅れているが、民間企業は血の滲む努力により構造改革を進め、リストラの徹底による体質強化が進んだ。そのことは結果として、個別企業、従業員に痛みを強いると同時に、体質改善により生まれ変わった高収益企業と、改革不十分で依然として赤字体質企業とに大きく色分けすることとなった。しかも、数の上では残念ながら赤字体質企業が多数派を占めているのだ。こうしたことが重なり、マクロの経済指標では景気の良い話題が相次ぐものの、ミクロでは必ずしも好景気を実感しえない状況、つまりマクロとミクロの乖離が起こっていると考えられる。
21世紀に入って初めての本格的な景気回復。それはこれまで経験してきた景気回復とは異質な存在であるが、バブル崩壊によって被った痛手を克服し、日本経済が新たな発展ステージに立つ助走路となることを期待したものである。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2006年05月02日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0183
現実になった人口減少
人口減少が現実のものとなった。今年1から6月までの住民台帳による日本の人口が、調査開始以来初めて減少したとして、大きなニュースとなったのが今年の夏のことであった。「ひょっとしたら、2005年から人口が減少するかも知れない。」そんな予感をさせる話題であった。それまで、日本の人口のピークは2006年で、人口減少が始まるのは2007年というのが通説となっていただけに、人口減少のスピードの速さを再認識させられたといってもよい。
そして、2005年12月22日厚生労働省が発表した人口動態統計では、ついに2005年中の出生数が死亡数を下回る自然減となると発表。さらに12月27日には2005年の国勢調査の速報が発表され、10月末時点で人口が減少していたことが明らかになった。出生率の減少に歯止めがかからず、人口減少社会の到来が間近であろうことは予期されていたが、いざそれが2年も早く現実のものとなると、少子化問題の深刻さを再認識しないではいられないといえよう。
経済活動は人の営みそのものでもある。もっとも基本となる人の減少は、世の中のあらゆる面に多大な影響が及ぶだろうことは想像に難くない。これまで我々は100年以上にわたって、人口が増加し続ける世の中に身を置いてきた。人口減少社会がどんなものになるのかは、まだ誰もが経験のない未知の世界でもある。確かに、市町村単位では過疎という現実をいくつも目にしてきた。今後は、こうした過疎問題がさらに大規模になって多くの都市に降りかかってくる。最近、中心市街地の活性化が多くの都市で主要課題になっているが、これも一面では、中心市街地の過疎化問題とも捉えることができよう。今、この解決のために郊外への大型店の出店を規制しようとする動きが出始めている。しかし、こうした規制で本当に中心市街地に賑わいが戻るのだろうか。人口減少社会では、必然的に地域間競争を激化させ、居住の流動化、生活の広域化を促す。ひとつ都市の中心市街地と郊外との競合を規制で制約した結果、住民は他都市に購入の場を求め流出し、結果としてその都市全体の活力が低下してしまうという懸念も大きい。
人口減少という日本経済にとっての大構造変化の始まり。それは、今までの常識が通用しないという、まさに「常識破壊」が起こることでもある。新しい年を迎え、気持ちも新たに、あらゆることをもう一度根本から問い直してみることが必要ではないだろうか。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2006年01月12日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0173
ニュー・シニアのパワーで地域活性化を
団塊の世代が退職を迎えることから2007年問題が注目されている。これまでも団塊の世代はその圧倒的なボリュームゆえに、彼らが通過したライフステージそれぞれで、数々のブームを起こしてきた。子供の頃にはダッコちゃんブーム、厳しい受験戦争、結婚すればニューファミリーと呼ばれ、住宅ブームを巻き起こした。その彼らがいよいよ定年退職という人生の大きな節目を迎えようとしているわけで、そのこと自体が経済社会に与える影響は計り知れない。
マーケットとしてみれば、退職金を手にすることから、その消費者としての購買力は大変な魅力である。しかし、一方で労働需給の撹乱要因となり、技術・技能の継承問題、更には年金制度にも問題を投げかける。まさに、2007年以降の日本経済は、彼らの動向に左右されるといっても決して過言ではない。
ところで、彼らの特徴をしいて挙げれば、インターネットが扱える最初のシニア世代だという点だ。その意味では、「ニュー・シニア」と呼んでも良いだろう。自らネットを利用して情報を集め、ネットを通じて新しい交友関係も構築する、活動的なシニア像が浮かび上がる。
とにかく自分の周りを見ても、今の60歳台はすこぶる元気である。社会の第一線からリタイアするのは、まだまだもったいない気がしてならない。そこで、彼らにもうひと頑張りしてもらうひとつの方法がシニア創業である。何といっても、彼らは企業人としての豊富な経験や技術・技能を有する。この30年以上にわたって蓄積してきた無形資産を、そのまま死蔵させないで再活用できれば、社会効率という点からも利点が多い。たとえば、シニア向け商品の企画、開発は、シニア創業の有望分野と思われる。
なぜなら、シニアのニーズは自分がシニアだからこそ良く分かるからだ。このとろろのベンチャーブームで、創業するための環境はかつてと比較にならないほど支援制度が整備されていることもフォローの風だ。シニアの創業は十分に可能である。会社を創らなくても、NPOという方法だってある。
いずれにしても、今後、わが国が世界に類を見ない超高齢社会に突入することは、もはや避けられない。どの地域も多数派はシニア層だ。そうなれば地域の活性度は、シニアが元気であるか否かにかかってくる。シニアが元気な地域とは、シニアの活躍の場がある地域でもある。シニアと地域との新しい関係をいかに作りあげるか、そこに今後の地域活性化の鍵があるのではないだろうか。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2005年10月20日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0158
秒読みか?「元」切り上げ
今年は、「プラザ合意」20周年にあたる。1985年9月、米国のベーカー財務長官(当時)の呼びかけにより、ドル高を是正する目的で、日、米、英、独、仏5カ国の蔵相がニューヨークのプラザホテルに集まり、協調介入を行うことで合意する。その結果、日本では急激な円高が進行することになったのはまだ記憶に鮮明である。
あれから20年たった今、米国では再び財政赤字、貿易赤字の双子の赤字が問題化している。20年前、米国にとって貿易赤字の矛先は日本であったが、今回は世界の工場として急成長する中国であり、為替調整の対象通貨が円から元へと向かうのは、当然の流れでもある。しかし、元はドルペッグ制(ドルに固定)をとっており、ドル・元相場は、元の切り上げなくして為替調整は不可能である。そして、元の切り上げが避けられないことは、すでに多くの人の共通認識になっている。もはや、元の切り上げの有無ではなく、関心はその時期と幅に移っているといっても過言ではない。
では、元が切り上げられたら日本経済への影響はどうなるだろうか。元高になれば、当然中国は輸出が減り景気悪化につながる。このところの日本経済の回復は対中輸出に支えられてきた面が大きいだけに、中国経済の減速は大きなマイナス要因になる。中国に工場進出した日本企業の中でも、そこを輸出基地としているところはマイナス要因になる。逆に、中国国内の市場向けに製品を供給している進出企業は、海外からの調達コストが低下することからプラスである。また、ユニクロに代表されるような中国を生産基地として活用するビジネスモデルも、調達コストの上昇となるだけに、事業の見直しを迫られるケースもあるだろう。
さらに、元が切り上げられた時に円ドル相場がどうなるかも気掛かりだ。本来、元とドルとの調整であるから、このこと自体は円ドル相場には中立であるはずである。しかし、元の切り上げは、アジア通貨全体の強まりを連想させ、円の連れ高が起こる可能性もある。そうなれば、日本の輸出にも直接マイナスとなって響いてくる。
ただ、元高は購買力の上昇でもあることから、中国向けの輸出が増加するという見方もあり、元切り上げの影響は、日中経済の相互依存関係が深まっているだけに複雑である。それだけに、元切り上げを当然の与件として、その対応を早急に検討しておく必要がある。そのために残された時間は多くはない。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2005年06月15日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0143
「iPod」で変わる音楽文化
「iPod」がヒットしている。iPodとは言うまでもなくアップルコンピュータが発売している携帯音楽プレーヤーである。コンピュータの外部記憶装置であるHD(ハードディスク・ドライブ)を内蔵し、そこに音楽を1000曲から1万曲以上も記録し、持ち運びができる。まあ、例えて言うならジュークボックス(もう見ることはない)を持ち歩くようなものである。
携帯音楽プレーヤーといえば、一商品名でありながらその代名詞ともなっている「ウォークマン」がある。カセットテープ(今ではカセットテープがMDに変わっている)に録音した音楽を、高音質で歩きながら聴くことができる画期的な商品であり、この商品の登場とともに「いつでも、どこでも」という新しい音楽文化が生み出された。ウォークマンが提供したものは、まさにこの携帯音楽文化であるといっても過言ではないのである。
ウォークマン誕生から四半世紀が過ぎ、今やインターネット全盛の時代。iPodがなぜこれほどに受け入れられるのか。それは、ネット時代の音楽文化を提案しているからに他ならないからだ。iPodは、HD搭載オーディオ、そのデザイン性などに目が向きがちである。実は、見逃してはならないのがインターネット上に展開される「iチューンズ・ミュージックストア」である。これは、ネット上で楽曲を購入する仕組みであり、もちろん運営しているのはアップルコンピュータである。すでに、今年の1月時点で2億5000万曲が販売されているという巨大音楽配信サイトである。まさに、このネットで楽曲を売る仕組みと、その受け皿としてのiPodというコラボレーションこそ、iPodヒットの秘密であり、それはネット時代の音楽購入、聞き方を新たに提案しているともいえる。ウォークマンが提案した携帯音楽文化は、ネット時代になりiPodによって新しく再構築されたのである。
実は、「iチューンズ・ミュージックストア」では、現在日本の楽曲は購入できない。レコード会社との間で著作権の問題が解決されていないからである。このため、日本の楽曲をiPodで聞くには、従来どおりCDを購入し、それをパソコンで形式変換し、そのデータをiPodに移すという作業が必要である(各レコード会社がネット上で音楽を販売しているが、iチューンズに比べ価格も高く、一箇所ですべてのレコード会社の楽曲の購入はできない)。しかし、時代の流れは確実に楽曲のネット購入に向かっている。iPodのヒットは、単にハードメーカー同士の競争に止まらず、音楽の販売方法をも全く変えてしまうインパクトを秘めている。まさに今、新しい音楽文化が生まれようとしているといえそうである。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2005年03月02日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0130
原油高、その影響は
原油価格が50ドル/バレルを突破し、これまでの最高値を記録するなど高騰している。この背景には、産油国が集中する中東情勢の不安、米国、中国経済の好調に伴う原油需要の増加、投機資金の流入の3つが絡み合っていることがある。
さて、今回の原油価格の上昇は、経済にどのような影響を与えるだろうか。第1の影響は、交易条件の変化に伴う、所得の流出である。GDPは国内需要+輸出-輸入で表すことができ、原油価格の上昇は輸入額の増大することにつながるだけに、その結果、GDPつまり所得の減少が起こる。仮に、今年度の平均原油価格が50ドルと仮定すると、GDPのマイナスは0.6%程度になると思われる。これは、過去2度の石油危機の時には、3%以上になったことと比べれば、そのマクロ的な影響は少なくてすむ。
第2は、インフレ抑制のための経済政策によるマイナス効果である。一般に、原油価格の上昇はインフレ要因となり、それを抑えるために、金利引上げなどの需要抑制策がとられる。しかし、今回は、デフレ経済下にあり、原油価格が上昇してガソリンや灯油などでは価格上昇が起こっているものの、他の消費財に価格上昇が波及するという状況にはなっていない。そのため、金利もむしろ下降気味であり、過去の石油危機の時に、公定歩合が9%にまで引き上げられたのとは随分様相が異なる。
第3は、海外経済に与えるマイナス効果の間接的な影響である。原油高騰は、日本だけでなく、他の国にも影響を与えるわけだが、米国や中国などのほうが、マイナスの影響が大きいと考えられる点である。というのは、米国や中国は日本と同じ経済成長をするのに、はるかに多量の原油を消費しなければならないことである。その結果、原油価格の上昇は日本に比べはるかにマイナスの影響が大きくなる。それは、経済の減速要因となり、米国、中国向け輸出に依存して景気回復してきた日本にとっては、大きなダメージとなりかねない。
つまり、以上から考えると、今回の原油価格の上昇が日本経済に与える直接的な影響は、過去の石油危機と比べると、必ずしも大きくはないが、米国、中国経済に過度に依存した現在の日本経済にとっては、むしろこの両国の経済減速という間接的な影響こそ不安材料であるといえよう。
今後の原油価格の相場を予想するのは困難であるが、現在の水準が高すぎることは間違いない。同時に、日本国内においては、過去の石油危機時の学習効果もあり、今のところ買占めなどの混乱や動揺は起こっていない。さらに、世界的にみても、各国間の協調体制は、過去と比べれば、はるかに進んでおり、世界経済にとって悪影響となるような原油価格水準が続けば、世界が協調して何らかの対策が打たれるはずである。それだけに、短期的な原油価格の動向に右往左往することなく、冷静に行動することこそ、個人にも企業にも求められているといえそうだ。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2004年11月08日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0119
オリンピックと景気の関係
アテネオリンピックが8月13日からいよいよ始まる。一般に、開催国でのオリンピックと景気の関係は、開催年は好況、翌年は景気が悪くなるというジンクスがある。確かに、オリンピックは一種の巨大公共事業であり、開催までに、スタジアム建設や道路整備などが行われ、大きな建設需要が発生するだけでなく、各国からの選手団、観光客が訪れることで消費需要も膨らむ。しかし、翌年は、こうした需要がなくなってしまうために、景気は悪化するという、至極当然の流れである。
では、開催国でない日本では、オリンピックが景気にどのように影響するだろうか。直近では、2000年、1996年がオリンピック開催年であるが、いずれの年も景気は回復傾向を見せている。1996年はバブル崩壊後初めての景気回復局面となり、経済成長率も前年の1.9%から3.6%へと急回復している。同様に、2000年もITブームが重なり3%成長を実現(前年は0.9%)、2度目の回復局面となった。
そして、今2004年も、過去の2回と同様に景気は回復傾向をみせている。外需の堅調に支えられているのは勿論であるが、オリンピックを追い風に、薄型テレビとDVDレコーダー商戦が活発化、消費も盛り上がっているからである。こうした中、政府は、2004年度の成長率見通しを3.5%に上方修正しており、IMF(国際通貨基金)にいたっては2004年の成長率を4.5%と予測している。
こうしてみると、オリンピックの開催国でなくとも、日本ではオリンピックの年の景気は堅調であるという傾向がうかがえる。ただ、問題は翌年である。1996年も2000年もその年は景気が良かったが、いずれも翌年は、景気が大きく後退してしまっているのである。1997年は橋本内閣による消費税率の引上げで、2001年は国債枠30兆円にこだわり、財政政策が景気にマイナスに働き、いずれも景気は急降下してしまっている。『オリンピックの翌年の景気は悪くなる』という開催国のジンクスが、開催国でない日本でも当てはまっているのだ。とすると、現在回復傾向にある景気も、来年は腰折れしてしまう心配が高まる。実際、米国経済、中国経済の減速懸念、原油高騰など海外要因では不安材料も台頭しつつある。それだけに、日本選手の活躍と猛暑効果によって内需を盛り上げ、このジンクスを是非とも吹き飛ばしてもらいたいものである。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2004年08月06日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0106
消費税の総額表示は複数税率への伏線か?
消費税の総額表示が義務付けられ、はや1ヶ月が経過した。当初は、消費税の二重取りなどのミスが一部で発生したようだが、これまでのところ総額表示への移行は大きな混乱もなくスムーズに進んでいるようだ。自分自身でも、一消費者として既に総額表示に何の違和感もなくなっており、慣れとは恐ろしいものであるとつくづく感じさせられる。
しかし、改めて振り返ってみても、「なぜ、今、消費税の総額表示なのか」に対する明確な回答は見出すことができない。財務省は総額表示の導入理由として、「総額表示が実施されることで、いくら払えば購入できるかが簡単に分かるし、価格の比較も容易になる」と説明している。確かに、総額表示で統一されれば分かりやすくなることは間違いない。しかし、だからといって、以前の税抜価格と税込価格(総額表示)が混在していた状態が大変不便であったかといえば、決してそんなことはない。どうしても、これといった決定的な理由が見当たらないのだ。
ただ、この状況は消費税の税率が複数になると一変する。これまでは、消費税の税率が単一税率であったために、税抜価格でも税込価格でも消費者は大きな不便を感じることはなかった。ところが、仮に食料品は消費税率5%、それ以外は8%となったらどうだろうか。スーパーで食料品と雑貨品を買った場合、税抜価格で表示されていると、その支払額は簡単には把握できない。この場合は、明らかに総額表示のほうが支払額が分かりやすくなる。
国の財政事情を考えれば、今後消費税の引上げは避けられそうにない。その場合、一律に上げるのではなく、食料品など生活必需品は税率を抑え、そうでないものは引き上げるなどの対応がとられることは十分に予想される。そうなれば、総額表示が不可欠になってくる。まさに、今回の総額表示への移行は、複数税率導入への伏線でもあると考えられないだろうか。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2004年05月07日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0093
平均で考える危険
平均値というのは便利な数字である。学校のテストでは、平均点が示されることで、自分の位置を知ることができる。企業の業績も、同業種の業績の平均値である業界平均と比較して、今年の成績がどうであったか一喜一憂する。しかし、最近は平均と比べたり、平均的な消費者像を探ったりすることが、間違った結果を招きかねない事態が増えているように思う。
例えば、日本の一世帯当たりの平均貯蓄額は、約1,700万円である。この数字をみて、日本の平均的な世帯は1,700万円の貯蓄があると思ったら大間違いである。実は、世帯数では7割が、1,700万円以下の貯蓄しかないのだ。ちなみに貯蓄額が4,000万円以上ある世帯が9.9%ある反面、200万円以下の世帯も13%あるのだ。つまり、一部の金持ちの存在が、平均の数字を押し上げているために、平均値が実感とは異なる高い水準になっているのである。
中国ビジネスもしかりである。中国の労働者の賃金は日本の20分の1といわれている。しかし、経済成長著しい沿海部には、平均をはるかに上回る高所得者が存在しており、その数が仮に1%とすると、1,000万人以上の膨大な数になる。だからこそ、マンションや乗用車が売れ始めていると考えられる。平均賃金から推測し、高額品の市場はないと判断すると、ビジネスチャンスを逃しかねない。
また、マスを狙った万人向きの商品というのは、もはや日本国内ではほとんど受け入れられない。むしろ、消費者は他人と違うということを主張したがっており、個別対応、一品モノを支持する傾向が強まっている。
景気だってそうである。経済成長率が何%であるというのは、あくまでも、日本国内の企業の利益や、個人所得の合計の伸び率であり、平均に過ぎない。トヨタは1兆円の利益をあげているが、実は法人の7割は赤字である。企業間格差がますます拡大し、儲ける企業とそうでない企業に二極化が進む。これからは、経済成長率かプラスだといっても、それは一部の企業の業績に引っ張られたもので、大多数はその実感がないというのが実態である。
日本の経済・社会は成熟化が顕著である。成熟化すればするほど、さまざまな分野で多様化が進んでいく。多様化した社会では、平均という概念がますます通用しにくくなるのは間違いなさそうだ。そして、それはマーケティングをより難しくさせる。マーケッティング担当者泣かせではあるが、その一方でまさにその手腕が問われているとも言えよう。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2004年01月26日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0080
“3度目の正直”か“2度あることは3度ある”か
ここにきて、景気にもようやく薄明かりが灯るようになってきている。GDP成長率は実質では6四半期連続プラスを続け、名目でも2四半期連続のプラスとなっている。また、株価も1万円台を回復し堅調に推移しているし、10月1日に発表された9月の日銀短観では大手製造業の業況判断指数が2年9ヶ月ぶりにプラスになるなど、景気は今年4月に日経平均株価が7600円をつけた頃と比べれば、明らかに雰囲気は変わってきている。今まさに、日本経済はデフレ不況から脱却できるか否かの岐路に立たされているといっても過言ではない。
実は、日本経済は1990年にバブルが崩壊して以来、長期の停滞を余儀なくされているが、その間これまでに2度ほど景気回復局面を経験している。しかし、いずれも本格的な景気回復までには至らず、景気は腰折れしてしまっている。93年後半からの景気回復局面は、実感なき景気回復とも言われ、97年の初めまで緩やかな回復が続いた。しかし、橋本内閣は、消費税率、社会保険料の引き上げなど景気へのブレーキを踏んだために、景気は一転下降を辿ることとなった。
そして、この景気が再び上向く気配を見せたのが99年である。橋本首相の跡を継いだ小渕首相は、景気回復を最優先し、積極的な財政出動により景気を刺激したことから、折からのITブームとも重なり、景気は上向きに転じることとなった。しかし、これも財政再建、構造改革を優先する小泉内閣の緊縮政策により、景気は反転してしまう。
そして今、バブル崩壊以降3度目の景気回復局面を迎えようとしている。今回の景気回復を牽引しているのは、デジタル新三種の神器と呼ばれる薄型テレビ、DVDレコーダ、デジタルカメラが堅調な電気業界、北米市場で着実にシェアを伸ばす自動車業界など輸出関連製造業である。特に、新三種の神器は、電機業界にとって久々の大型商材であり、それだけに息の長い景気の牽引役が期待される。それだけに、「3度目の正直」で、今回は本格的に景気回復局面に突入するという見方もできる。その一方で「2度あることは3度ある」という格言もあり、じわじわ進む円高と長期金利の上昇で再び景気は腰折れしてしまう可能性も否定できない。果たして「3度目の正直」となるか「2度あることは3度ある」になるのか。いずれにしても、過去2回の失敗を教訓として政策に反映できるか否か、第2次小泉内閣の政策手腕、舵取りが問われることになる。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2003年10月10日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0067
機械式時計ブームに想う
このところ書店の雑誌コーナーに、腕時計の専門誌が目に付くようになった。また、趣味やライフスタイル提案雑誌でも、よく腕時計を特集している。さらには、経済誌でも、よく腕時計の特集広告が挿入されている。今、腕時計がブームなのだそうだ。
では、人気の腕時計とはどんなものかというと、それはスイス製の機械式腕時計である。現在、腕時計の主流はクォーツ式のものである。そのクォーツを開発したのは日本のセイコーであり、日本メーカーが世界市場を席巻する原動力となった。クォーツ時計は、60年代後半に登場した時には、その正確さから高級時計として機械式時計を上回る価格であった。そして、現在では、時刻を刻む時計の本来機能では、既に究極と言える電波時計の登場で行き着くところに到達してしまっている。
しかし、正確さでは明らかに劣る機械式時計が人気で、高額で取引される一方、クォーツ時計は、今や100円ショップの商材になるほど価格の低下が著しい。まさに、時計は、クォーツ化というエレクトロニクス技術によって、価格革命が引き起こされたのである。ところが、スイスの時計メーカーは、日本のクォーツ時計によって、一時壊滅的な状況に追いやられるものの、機械式時計をコツコツと作り続けてきた。そして、今では機械式時計が高級品、クォーツ時計は普及品と、かつてと評価がまったく逆転してしまった。時計の生産量では、日本メーカーが圧倒しているが、高級時計はスイス製との評価が定着しているのだ。
では、なぜ時計の本来機能ではクォーツに劣る機械式時計が人気なのだろうか。それは絶対量の少なさもさることながら、ヒトの手によって組み立てられる温かみにあるのではないだろうか。確かに、クォーツ時計は正確である。しかし、その正確さは、道具としては完璧であるが、機械としての面白さはほとんどない。時計の内部もほとんどブラックボックスであり、故障すれば、新しいものに買い換えられる。ところが、機械式時計は、歯車の組み合わせの妙であり、故障しても修理すれば、再び新品と同じ機能を発揮する。完成された機械としての美しさであり、多少の狂いは、余裕のなくなった現代社会の中で、むしろホッとさせる癒し効果さえ発揮していると言える。
今後、エレクトロニクス技術はますます進化していくことは間違いない。それにつれ、電気製品、自動車、カメラ等々身の回りの多くのものが電子的な制御により一層高機能化する一方で、反対に操作は単純になっていく。この流れは、確かに生活を便利にするが、道具を扱う楽しみを確実に奪うことになる。手巻きであったり、時刻合わせも頻繁に行わなければならない機械式時計。その煩わしさこそ、使い手に愛着を与えているのではないだろうか。機械式時計の人気を見るにつけ、エレクトロニクス全盛の時代だからこそ、あえてエレクトロニクス化を否定し、操作の煩わしさをセールスポイントした商品開発があってもいいと思うのは私だけであろうか。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2003年07月04日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0053
イラク攻撃開始で不透明感増す経済情勢
3月20日、米英軍によるイラク攻撃が開始された。予想されたことはいえ、いざ開戦となり、マーケットは神経質な動きを見せ始めている。開戦当初は、ニューヨークダウも日経平均株価も大幅に上昇し、原油価格も大きく下落するなど、予想外の動きとなった。マーケットは、武力行使が行われるのか、行われないのかというそれまでの不透明な状況から一歩踏み出したことと、米英軍の軍事力の圧倒的優位性から、戦いは短期で終息するとの思惑が働いたからだ。
しかし、24日になるとニューヨークダウは、一転、マイナス307ドルという今年最大の下げを演じる。負傷したとの情報があったフセイン大統領がテレビ画面に現われ国民の士気高揚の演説を行ったことや、米軍の捕虜や死傷者の数が増えるに従って、戦争の長期化懸念が急速に高まったためである。いずれにしても、マーケットは当分戦況に左右される神経質な展開が続きそうである。
ただ、戦争が長期化することになれば、日本経済に限らず世界経済にとって大きな打撃となることが予想される。米国では、戦費を賄うために9兆円の補正予算を組もうとしている。既に、10年間で80兆円にのぼる景気対策を決めてあり、財政赤字の急拡大が必至の情勢にあり、1980年代に苦しんだ「双子の赤字(財政赤字、貿易赤字)」による経済の低迷状態の再来すら懸念され始めている。世界経済の唯一のけん引役であった米国が、景気後退ともなれば、世界同時不況が現実のものとなりかねない。
そうなれば、日本経済は一層の苦境にたたされる。というのも、日本経済は既に10年以上にわたって経済の不振が続いており、経済的なショックへの対応力が既に相当低下していることと、先進国中最悪の財政状況とゼロ金利にまで緩和され金融情勢の中で、財政、金融両面で政策的な自由度がなくなっているからである。外需という日本経済のつっかい棒が、今外れてしまったら、日本経済は一体どんな悲惨な状況に陥ってしまうのか、考えたら空恐ろしい。それだけに、ただただイラク攻撃が短期で終わることを願わずにはいられない。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2003年03月28日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0040
来年こそデフレとの決別を
今年も余すところ10日となった。今年の経済を振り返ると、前半こそ輸出主導による生産活動の回復、さらにはワールドカップサッカーの盛り上がりもあり、景気は回復傾向をみせた。
しかし、後半に入ると、不良債権処理の加速に伴うデフレ圧力への懸念が急速に高まり、それに反応する形で日経平均株価は8,000円台に突入、金融不安が再び高まることとなった。金融経済の不振が実体経済への重石としてのしかかったのである。
バブル崩壊以降、これまでに2度の景気回復局面があったが、いずれも本格的な回復局面までには至らず短命に終わっていた。今回は3度目の景気回復局面となったが、残念ながら過去2度の景気回復局面と比べても、さらに短命に終わりそうであり、皮肉にも日本経済が患った病の深刻さを改めて認識させられたといっても過言ではない。
来年は、不良債権処理が本格化することや、欧米景気が減速傾向にあること、さらには不透明なイラク情勢も加わり、厳しい経済情勢を覚悟せざるを得ない。そして、この痛みは日本経済に与えられた試練であり、ここは、総合デフレ対策という薬を投与し痛みを和らげながら、一気呵成に手術を実行するしかない。
日本経済は体調を崩してから既に10年以上の時間が経過した。それまで健康優良児だった体は、この間に衰弱が顕著になっている。残された時間は短いのだ。
来年は未年。過去の未年を振り返ってみても、満州事変、湾岸戦争勃発、欧州共同体(EC)発足、東南アジア諸国連合(ASEAN)設立、ソビエト連邦解体など既存の枠組みが大きく組み替えられたり、その契機となる出来事が多く起こっている。過去の例に倣い、来年こそ日本経済にとってバブル崩壊以降の長期停滞と決別し、新たな成長過程へ踏み出す分水嶺となることを期待したいものである。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2002年12月20日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0027
頑張れ! 中小企業
バブル崩壊を契機にした景気低迷も、すでに10年以上におよんでいる。これほど長期間にわたる経済の停滞は、もちろん終戦以降経験はなく、日本経済が味わう初めての挫折といっても過言ではない。それを如実に物語っているのが、企業決算であり、電機、金融、商社、ゼネコン、流通など各分野の日本を代表するような大企業が相次いで大幅な赤字に陥り、リストラを余儀なくされている。
しかし一方で、こうした厳しい経済環境にもかかわらず、過去最高益をあげている企業が存在することも見逃してはならない。トヨタはなんと1兆円を越える営業利益をあげたし、ホンダも絶好調である。IT不況で、全滅の感があるハイテク分野にあっても、キャノン、リコーといった事務機器を供給するメーカーは、やはり過去最高益をあげている。こうした大企業だけでなく、中小企業の中にも、過去最高益をあげているところが、数多く存在するはずである。ただ、そうした企業ほど、口を閉ざしていることが多く、その結果、不振企業の「大変だ」の大合唱ばかりが、より強く響きがちになる。
確かに、景気の低迷が、多くの企業の経営環境を悪化させていることを否定しない。だからといって、業績が悪い理由をすべて景気のせいにするのは、経営不在を宣伝するようなものである。この厳しい環境下でも業績を向上させている企業は確実に存在する。むしろ、経済環境の激変期や景気の悪い時ほど、業績の良い企業と悪い企業を鮮明にするといったほうがいいだろう。一般的に、好景気の時にはマーケットが拡大しており、経営力の劣る企業でもそれなりの利益をあげることができた。しかし、現在のような経済の変革期、経済の長期停滞期には、経営力に勝る一握りの企業だけが、勝者となり利益を手にする。そして、この競争では企業規模の大きさや過去の成功体験が決して有利な条件とはならない。実際、株式公開企業や老舗企業でこのところ経営破綻が相次いでいることがそれを如実に物語っている。まさしく、規模の大小、業歴の長短に関係なく、単にマネジメントの優劣が勝敗を左右する公平な競争である。
では、この競争の勝者の条件とは何か。それは、一言で言えば“変化すること”にあると思われる。ところが、これが簡単なようで案外難しい。太古の昔、繁栄を謳歌した地球上最強の生物とされる恐竜が絶滅したのは、さらに強い敵が現れたからではなく、環境の変化に適応できなかったからだと言われている。これは、このところ大企業が相次いで破綻したり、リストラを迫られている姿と妙にダブって見えないだろうか。大きいが故に、環境変化のスピードに追随できにくいというわけである。また、老舗や、大企業は、これまでに成功したからこそ、事業が継続し、大きくなってきたわけで、その成功体験が大きければ大きいほど、それが呪縛となって、環境が変わった時に、新たな成長の妨げになりがちである。バブル崩壊以降、われわれが直面している環境の変化は、戦後最大かつドラスチックと言っていいだろう。それ故に、企業はかつてない大きな変身を迫られている。如何に変わるか。第一歩は、これまでの常識を疑い、否定するところから始まる。それは、大企業よりも、むしろ身軽な中小企業ほど有利である。確かに、今は試練の時でもある。しかし、中小企業の多様な挑戦が、新しい時代のフロンティアを切り開いていく原動力となることを是非とも期待したい。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2002年09月13日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0014
失われた「商魂たくましさ」
W杯サッカーが開幕した。国と国の威信をかけた戦いは、さすがにレベルが高く、見るものを魅了させずにはおかない。改めてサッカーのスポーツとしての奥深さを再認識させられたというのが正直なところである。
ただ、経済効果については予想したほどではないと言う声も決して少なくはない。それは、参加チームの合宿地誘致に成功した地域であがっている。確かに、合宿地誘致は、試合の開催地になるのとは異なり、スタジアム建設という巨額投資が不要で、費用対効果を考えれば、開催地よりも得ではとの見方もあり、各自治体は誘致合戦を繰り広げた。しかし、いざ蓋を開けてみると、練習の非公開、選手の行動制約などで、合宿地の魅力が半減してしまった。プロ野球の巨人軍の宮崎キャンプとダブらせて、多数の観客が訪れるとの胸算用は、どうも外れてしまったようである。
また、試合の開催地にとっても予想外の事態が持ち上がっている。チケット販売の不手際により、膨大な空席が発生していることだ。これは明らかに観客消費の減少につながるだけに、経済効果を減少させる。
とはいえ、W杯サッカー開催が企業にとっても大きなビジネスチャンスであることは間違いないはずである。ただ、そのチャンスを生かすも殺すも企業側の対応如何にかかっており、ただ待っているだけで、恩恵にあずかれるという甘いものでもない。経済効果は大した事はないと嘆く前に、W杯サッカーをビジネスチャンスとしてどのように捕え、どのような能動的な関わりをしているか、企業も、地域ももう一度自問してみるべきである。開催地や合宿地に決まりさえすれば、それだけで多大なメリットが発生すると安易に考えていなかっただろうか。これまでのところW杯便乗商法が次々とでているというニュースは、静岡県内では勿論だが、全国的にもあまり聞かれない。どうもW杯サッカーで一儲けしてやろうという“商魂のたくましさ”が感じられないのは気のせいだろうか。日本経済は、これまで長期にわたって低迷が続いているが、その原因の一つに、企業が商魂のたくましさを失っていることがあるような気がしてならない。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2002年06月07日|
- 専務理事 中嶋壽志
- No.0001
「儲ける」とは「信ずる者」と書く
景気は依然として厳しい状況が続いている。ここにきて、デフレ対策が発表されたり、多額の不良債権を抱えるゼネコンの処理が発表されたりして、1万円を割り込んでいた株価も、急速に戻りをみせ、ほんの僅かではあるが明るさも伺えるようになってきた。
しかし、IT不況に直撃された電機業界の苦境は目を覆いたくなるばかりであり、日本の競争力の高さの象徴でもあっただけに、そのあまりにも速い様変わりには驚きを隠しえない。デフレ時代の勝ち組みと賞賛された「ユニクロ」にも、その成長に蔭りが伺えるようになってきた。世の中は、我々の思っている以上のスピードで動いていることが改めて認識させられる。このスピードに行政はついていけなくなっている。たとえば不良債権処理ひとつをとってみても、政府が打つ対策はいつも後手後手で、いまだに不良債権を減らすどころかむしろ増加させていることが如実に物語っている。
とはいえ、こうした厳しい経済情勢下でも、過去最高益を上げている企業があることも事実である。ホンダ、キヤノンなどがその代表であり、マスコミには出ないが中小企業の中にも同様の企業があるはずである。彼らは景気に左右されず、政府にも依存せず、儲けているのだ。「儲ける」とは「信ずる者」と書くように、これらの企業の経営者は、視界不良の環境にあっても信念を貫き、ひとつの方向に突き進んでいる。ところが、多くの経営者は、大きな環境変化の中で、進む方向に対する信念や自信が不足しているために右往左往し、結果として儲けを出せないでいると考えられる。経営者が強いリーダーシップで、信ずる道を指し示し、従業員は経営者を信じて努力する。まさに、信ずる者の集まりが、儲けを招くのではないだろうか。
投稿者:専務理事 中嶋壽志|投稿日:2002年04月15日|
- 企画部長 岸本高昌
- 研究員 海野覚
- 研究員 後藤淳一
- 研究員 高橋晴美
- 研究員 勝見政律
- 研究員 植松紘史
- 研究員 青嶋一浩
- 研究員 大石彰男
- 研究員 田原 真一
- 研究員 齋藤衛
- 研究員 増田知臣
- 研究部長 大石人士
- 研究部副部長 望月毅
- 主任研究員 塩野敏晴
- 主任研究員 玉置実
- 主任研究員 川島康明
- 主任研究員 大石真裕
- 主任研究員 長村敏孝
- 主任研究員 冨田洋一
- 常務理事 高橋節郎
- 専務理事 中嶋壽志
- 特任部長 内野孝宏
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