研究部長 大石人士 のコラム
- 研究部長 大石人士
- No.0166
モール型ショッピングセンターは生活者に時間消費空間を提供
昨年8月、浜松市志都呂に開店したモール型ショッピングセンターは、地域に大きな衝撃を与えた。店舗面積56,000平方メートルは静岡県内で最大規模のものであり、地元消費者も体験したことのないショッピングゾーンであった。そして今年6月には、同じく浜松市市野に同型の約35,000平方メートルのショッピングセンターがオープン。今後も秋には、静岡市内で約25,000平方メートルのモール型ショッピングセンターが開店予定であるほか、県内各地で大規模店の出店計画がある。
ただし、こうした流れは既に10年ほど前からみられ、21世紀に入った5年前ぐらいから一気に増加してきており、県外では大都市圏や郊外の地方幹線道路沿いを中心に展開が進んでいた。さらにルーツを遡れば、モール型ショッピングセンターは十数年前のアメリカで急速に展開が進んだショッピングセンター形態であり、アメリカ型の流通業を追いかけている日本にも、いずれはモール型ショッピングセンターの時代が来ることが予想されていた。
特に、両翼に大型店を配置し、その間を数十店から百店近くの専門店がつなぐ「2核1モール型ショッピングセンター」は、買い物の便利さと楽しさが得られるショッピングゾーンとして、消費者、というより生活者の支持を集めている。つまり、単に買い物をするだけや、品揃えの豊富さ、価格の安さを受けたいのなら従来の大型ショッピングセンターで十分であったが、そこに、時間を楽しく消費したい、さまざまな生活情報を得たい、コミュニケーションの場が欲しいとなると、ゆとりの空間、高い商品構成力、自分のライフスタイルの一部に取り入れられるような空間を求めることとなる。
これは、ひょっとしたら地域の消費者が昔の商店街に求めていたものと、ある意味で同じかなと思われる。商店主が自分の個性を発揮して各地から集めた商品を、人通りの多い駅前通りなどで商いし、その魅力に惹かれて地域の消費者が集まり、賑わいが生まれた。また、別の見方をすると、最上階にレストランがあり、屋上に遊園地があって一日過ごした、かつての百貨店とも通じるものがあると思われる。要は、一日とまでは言わなくても、買い物をしながら半日楽しく過ごせる空間として、モール型ショッピングセンターが受け入れられているとみることができよう。
ところで、5万平方メートル程度のショッピングセンターとなれば、250億から300億円の年商を目指すことになるので、当然、地域の商業には影響が出る。ただし、その影響の出方は一概に言えるものではない。意外なところで大きなマイナスの影響が出たり、意外なところでプラスの影響が出たりする。
近隣で同じような商品を扱っている店は大きな影響を受ける。また、モール型ショッピングセンターは幹線道路沿いに立地するので、たとえ数十キロ離れていても、幹線がつながっていて車で30分程度の距離であると、やはり大きな影響が出てくる。その結果は、意外にも中小の店より中堅程度の店の方が大きな影響を受けることになる。
一方、出店をプラスに考えている店もある。ショッピングセンターの近隣に立地していて、集まってくるお客さんを取り込もうとする作戦である。また、同じ理由で、ショッピングセンター近くに新たに出店してみたいという店もある。こうして、周辺にはさらに商業の集積が進み、それらが全体として地域の商業構造を変えていくことになるだろう。もちろん、それと前後して人口の移動も生じ、新しい街が形成されていくことになる。
では、これまでの地域商業はダメなってしまうのかというと、これも一概に言えることではない。前述したように、これをきっかけに、新しい店舗展開を進めようとする商業者が必ずいるからである。そして何より、消費者・生活者が毎日毎日、モール型ショッピングセンターで買い物し、時間を消費しているかといえば、それは絶対にありえない。毎日出掛ける人もいるが、それはわずかであり、週末、あるいは多少とも遠方なら、遊びながら月に1度、あるいは2カ月に1度の来店かと思われる。これについてはショッピングセンター側も、多くの顧客が毎日来店してくれることを期待してはいないと思われる。もちろん多頻度で来店してもらうに越したことはないが、広い商圏設定の中で、2、3カ月に1度来店してもらい、半日、できれば一日楽しみながら消費してもらうことを狙っているようだ。
こうしてみると、ショッピングセンターが近くに立地しても売り上げが落ちない商店は、ショッピングセンターにない独自の品揃えや接客サービスなどで差別化して対応し、固定客の支持を集めている店となる。また、商店街も、モール型ショッピングセンターの良さを再確認し、それは本来自分たちが持っていたものだということに気づく必要があると思う。ショッピングセンターは、ただ単に商店の集合体であるのではなく、全体として生活者に何を提供したら喜ばれるかを、商品やサービスの購入だけでなく生活時間を消費する空間として、しっかりとマネジメントしている点が重要であろう。
投稿者:研究部長 大石人士|投稿日:2005年08月26日|
- 研究部長 大石人士
- No.0146
「愛・地球博」だけではない、愛知・名古屋の盛り上がり
いよいよ「愛知万博(愛・地球博)」が開幕した。約半年間の会期中に国内外から1,500万人の来場が予想され、愛知・名古屋が世界から注目されることとなる。先月17日には中部国際空港(セントレア)がひと足先に開港し、世界や全国各地とのアクセス整備も順調に進んでいる。日本の中で、いま最も元気なエリアが、愛知・名古屋だといえよう。
空港と万博だけが目立っているが、名古屋市を中心とした都市づくりや商業・アミューズメント施設の開業もラッシュ状態である。
「百聞は一見にしかず」であり、詳細は触れないが、三越・栄本店の南隣に複合商業施設の新館「LACHIC」がオープン、ファッションやグルメを中心に名古屋初登場の店舗が数多く出店している。同じく栄の新ランドマークといわれているのが、巨大観覧車を併設した商業・アミューズメント施設「SUNSHINE SAKAE」で、観覧車からの夜景がポイントとなる。また、金山には、商業・交通ターミナル施設「アスナル金山」がオープン、イベントホールやステージもあり、人が集う新しい都市空間として期待されている。
これらの施設以外にも、まさに開業が目白押しといった状況で、四月には名古屋港ガーデン埠頭に、イタリアをテーマにした商業施設「名古屋港イタリア村」がオープンする。さらに、名古屋駅周辺では、来年以降も続々と超高層ビルが竣工される予定である。
「1988名古屋オリンピック誘致」が実現できなかったことをバネに、バブルや平成不況を乗り越えてきた愛知・名古屋の力強さを感じとり、そうした経済的意義や「ポスト万博」を考えることも必要ではあるが、まずは万博で、テーマとなっている「自然の叡智」を体感するとともに、併せて、急激に変貌する名古屋市や周辺都市の景観・活力を実感してみることをお勧めしたい。
なお、「愛・地球博」では、中部9県共同パビリオンの中で“「千年の水」-ひとの健康-”をテーマに静岡県の展示が行われ、また、4月20日が「静岡県の日」となっており、長久手会場のEXPOホールでステージイベントも開催される。しばらくはメディアの話題も、万博一色になるのかもしれない。
投稿者:研究部長 大石人士|投稿日:2005年04月01日|
- 研究部長 大石人士
- No.0134
元気のある商店街はどこが違う?
商店街の活性化について語る時、つい理想を語ってしまうことが多い。語った理想のように活性化策が進んでいれば、どこの街も、もっと活力のあるものになっていただろう。しかし、現実に元気のある商店街は、ほんの一握りでしかない。厳しい表現をすれば、商店街への期待が過大すぎていた、あるいは期待が現実的でなかったとも言えよう。誰もが想像する“個店の連続”としての商店街は、1つの時代における役割が終わったのではないだろうか。
モノを売るだけ、サービスを受けるだけの商店街は、都市機能の一部を担ってこそいるが、それだけでは消費者、あるいは最近いわれるような生活者に対して、存在価値を示すことができなくなっている。今、商店街に求められているのは、経済的機能だけでなく、生活者が街で暮らしていく上で、より充実感をもたらしてくれる文化的なものであり、小売商業機能の強化だけでは活性化は実現しないのが現実である。
そこで、まちづくりの視点を取り入れて、生活者ニーズに対応した中心市街地づくりが各地で進められ、成果を挙げつつある商店街も見られるが、ここでも期待が過大であったり、期待が現実離れしていたりして、活性化している商店街の数はあまりに少ない。TMOなどのまちづくり推進組織ができても、それだけで誰かが何かをやってくれるわけではない。元気のある商店街は、やはりそこに暮らし、商売を営んでいる商人自体が動かなくては、活性化の一歩も踏み出せない。そうこうしているうちに、取り返しのつかない衰退が目の前に現れるのである。
では、解決策はあるのか。街中に光り輝く店や、観光資源ともなりうるような集客施設がある商店街は、活性化の可能性は高いが、多くの商店街には、そうしたものが無い。しかし、無いなら作り上げる、そして、作り上げるのは人である。
最近、いくつかの元気のある商店街を訪ねたが、そこは、ハード整備は必ずしも十分ではないが、街に活力と賑わいが見られた。以下、街の中で共通して感じた点を上げてみたい。
一つは、家業に力を入れる若手商人・跡継ぎがいること。しかも、情報感度に優れ、先代の商売の良さを引き継ぎつつ、新しいトレンドを積極的に取り入れている。家業の繁栄なくして商店街がないのは自明の理ともいえるが、意外と、売り上げが伸びないのを商店街の責任にして、本業が疎かになっている。
次に、“おかみさん”のパワー。もともと商店を支えているのは“おかみさん”ということをよく聞くが、まさにそのパワーを自店だけでなく、商店街の活動や地域の文化活動にまで広げている。商店街の理事長が女性というのも、最近では珍しくなく、むしろ元気のある商店街の一つの特徴でもある。
さらに、活力のある商店街の場合、こうした若手経営者やおかみさんの活躍を支える店主に、理解があるということであろう。高度成長期の成功体験を持った一時代前の店主は、新しい変化に十分ついていけない場合が多いようだ。もっともっと、活力のある若手経営者やおかみさんに任せ、それをサポートするくらいのゆとりが欲しい。
そして、本当に商店街を活性化したいなら、ビジネス感覚を持ったリーダーが必要である。大型店の動向や経営戦略に精通し、イベントやPR手法にも詳しい人物。こういう人材はなかなか地元にいないとわれるが、商店街や地域の中には、こうしたノウハウや知識情報を持ったUターン人材がいて、愛する郷土のために各地で活躍し始めている。
何事も、立ち止まった時点から衰退が始まる。貴重な“人”という資源を活用して、元気な商店街をいつまでも残して欲しい。これも「理想」として片付けてしまうようだと、やはり衰退が始まってしまうだろう。
投稿者:研究部長 大石人士|投稿日:2004年12月22日|
- 研究部長 大石人士
- No.0120
イベントをめぐる庶民の「金と時間」
「金があるときは暇がない。暇ができると金がない」よく使われる言葉である。「貧乏暇なし」とまでは言わないが、確かに一般庶民にとって「金と時間」は、なかなか思うようにならないものだと思う。そして、その限りある「金と時間」の奪い合いが、商売の世界ともいえるのだが・・・。
いま各地でイベントが盛んに行われている。身近では4月から浜名湖花博が開かれ、海外では先週からアテネオリンピックが開催されている。盛り上がれば盛り上がるほど、その経済的な効果が期待されるが、そこには陽の当たる部分だけでなく、陰になってしまう部分もある。
花博は、ここにきて暑過ぎる天候から客足がスローダウンしていたが、4月のスタートから入場者は好調で推移し、旅行業者や近隣の宿泊施設、土産物関連業者も恩恵を受けている。しかし、周辺のレジャー施設では、コースとして花博とセットされた所と、単独で誘客に取り組んでいた所では、大きく明暗が分かれている。観光客の体も二つあるわけではなく、旅行する時間や財布の中身も限られるとなれば、頷ける結果ではある。
オリンピックもまた、同様のことが言える。DVD、薄型テレビ等、今年の夏のボーナス商戦では、かなりの売上を記録し、まさにオリンピック効果である。しかし、開幕するとどうだろうか。夜の街は閑散とし、日本の選手が活躍すればするほど、客足は遠退く。居酒屋、カラオケ、外食レストラン等は、売上が10から20%ダウンのようである。ボーナスもすでに大方を使い、小遣いも少なくなっているので、始末して真っ直ぐ帰宅して声援ということだろうか。2年前の日韓ワールドカップの時も、同じような話を聞いた気がする。
これで景気の今後の行方がどうかは判断できないが、個々の店や施設にとっては、この期間をどう乗り切るか、今後の展開次第では大きな死活問題ともなりかねない。台風襲来で泣き笑い、猛暑で泣き笑いと、天候にも左右させられながら、庶民が消費する「金と時間」は限られている。特に近年は、財布の中身がなかなか増えないとなれば、いかに財布のヒモを緩めさせて消費してもらうか。
イベントも、企画など工夫して味方につければ商売になる。いかにイベントに関連付けて顧客の「金と時間」を取り込むか。また、イベント後の反動への対応や挽回策をいかに立てるか。庶民が持つ限られた「金と時間」に対する、まさに知恵と工夫の商売の世界である。
投稿者:研究部長 大石人士|投稿日:2004年08月19日|
- 研究部長 大石人士
- No.0108
待ったなしを迎えた市町村の行財政改革
いま市町村行政は、大変革の真っ只中にあって、大きな岐路に差し掛かっている。1つは市町村合併の流れであるが、もう1つは、ある意味でそれと表裏一体をなす行財政改革の流れである。三位一体改革の進展や地方制度調査会の答申等を待つまでもなく、本来、行財政改革は、「最小の経費で最大の効果を上げる」という視点に立って、常に進められるべきはずのものなのだが…。
こうした中、大詰めを迎えている市町村合併論議で忘れられているのではないと思われることは、本当にそれで行財政改革が進むのか、つまり行政運営の効率化と住民サービスの充実が進むのかという原点の問題である。地方分権の受け皿として、合併して行政体が大きくなりさえすれば、それだけで専門化が進んで効率化できるというわけではない。また、合併しないという選択をしたとしても、将来、単独で本当にやっていけるだけの体制準備ができているかである。
新年度になって、地方交付税の激減が現実のものとなってきたことから、各市町村が本気で改革を検討し始めた。事務事業の全面的見直し(ゼロベース検証)、組織の統廃合やフラット化、税財政の将来シミュレーション、中長期的な自立計画の策定等々。もちろん、既に積極的に取り組んで成果を上げている自治体もあるし、数次にわたる行政改革推進大綱やアクションプログラムを作成して取り組んできた自治体も多いわけだが、いま求められているのは、さらに抜本的ともいえる改革の推進であろう。
「入るを計って出るを制する」という、民間企業にとっては至極当然な組織運営の論理が、ようやく「自治体経営」「地域経営」「行政経営」という言葉とともに、各市町村で議論されようとしている。これまで民間企業は、バブル経済の崩壊以降、10年以上にわたってリストラに取り組んできた。それは、右肩上がりの経済から右肩下がりの経済への対応ともいえる。そして、それでもまだ民間企業は、新しい時代への対応が十分できずに、知恵と努力を振り絞っている。
いま市町村行政が直面しているのは、国が示した、また地方も望んだ「地方分権」という方向性の中で、いかに自立していくか、しかも、将来にわたって地方交付税の減額が確実になり、自主財源にも大きな期待ができないという先行き収入減(右肩下がり)が続くと予想される中で、いかに住民福祉を確保、充実していくかである。
そして、こうした取り組みは、いままでの延長上で解決するものではなく、大きなシステム変更が避けて通れないだろう。限られた財源の中で市民満足度を上げていくには、必要な時に、必要なサービスを、必要な住民に対して提供していける仕組みづくりが求められ、費用対効果からみて無駄となるバラマキは絶対できない。また、地域の運営主体のあり方も、何でも行政が担当するのではなく、市民参加を促すことによって、住民パートナーとの協働による地域運営が必要となってきている。
いま一度、「最小の経費で最大の効果を上げる」という自治体運営の原則に立ち返り、住民の視点と経営の視点から、具体的に改革していくことが求められているのではないだろうか。
投稿者:研究部長 大石人士|投稿日:2004年05月25日|
- 研究部長 大石人士
- No.0094
「そんなこと」や「そんなもの」から見つめ直して行動に
まちづくりに関わって会議に参加していると、ある人が提案したアイデアに対して、「そんなことをして、どうなるの?意味はないよ」と、冷めた言葉を言う人がいる。しかも、会議が終わって真っ先に。本当は、「そんなことすらも実行してこなかった、あるいは出来ない」人なのだろうと思う。すべてに後ろ向きな発言、姿勢である。
一方、最近、まちづくりのネットワークで出会う、元気で輝く町のリーダーやフォロアーたちは、「そんなこと」や「そんなもの」に目を向け、コツコツ継続してまちづくりに取り組んでいる。地域で見落とされていた“旧くて良いもの”を見直し、自らが手弁当で活動に参加したり、他所のマネではなく、自分たちの手づくりで個性ある地域づくりを成し遂げようとしたりしている。そこには、すべてに前向きな姿勢と行動がある。
ところで、前者のような後ろ向きな発言や姿勢が増えてしまったのは、どうしてだろう。自分は黙っていて何もしなくても、誰かがやってくれる社会。放っておいても、皆が一定地点まで到達できる社会。そんな社会に長くいて慣れ過ぎ、行動を忘れてしまったのだろうか。
いま、社会全体に閉塞感が強いといわれる中で、「高度成長期の“成功体験”は忘れよう」と盛んにいわれるが、そもそも自分の努力と工夫で成功した人がどれだけいるのか。多くの人は時代の流れの中で、単に良き体験を「共有」してきたにすぎないのではないかと思ったりする。
しかし、環境は確実に変わった。いま、もう一度、原点(初心)に帰って、「そんなこと」や「そんなもの」から取り組んでみる必要があるのではないだろうか。
話は少し異なるが、企業においても、「そんなことは手間やコストがかかるから、誰かにやってもらえばいい」なんて言っていると、基本的なところや本質的なところで、思わぬミスや事故につながったりする。また、「そんなもの売れるわけがない」なんて、ニーズやウォンツの本質を見逃していると、ライバル企業に先を越されて商品開発され、結局いつまでも追いつけなかったりもする。
「そんなこと」「そんなもの」と、合理化や省力化という名の下でコストだけを重視し、コツコツ積み上げる努力や当然なすべきこと、あるいは、その間にある工夫や創造性を、あまりに軽視しすぎてきたように思える。
いささか飛躍したが、まちづくりネットワークで知り合った女性リーダーの、力強い言葉が耳に残っている。
「仕方がない(やむをえない)のではなく、ヤル気と工夫があれば、いくらでも仕方(方法、手段)はあるはず」「できない理由を100並べても、できる理由が1つあれば、事は進めることができる」「失敗を恐れると進まないし成功もない、すべては一歩踏み出すところから始まる」「人に任せないで、まず自分から、できることを精一杯!」
まちづくりにも企業活動にも参考となる言葉だと思うが、いかがだろうか。「そんなこと」「そんなもの」と、評論するだけの人は大勢いる。しかし、「どうすればできるか努力工夫し、実現するまでヤリ抜く」といった人が少なくなっている。
「そんなこと」「そんなもの」と考えていた基本や本質、当然と思っていたことを、もう一度見つめ直して行動に移すことで、次の発展や成功が生まれてくるのではないか。今は、そんな時期にあるように思う。
投稿者:研究部長 大石人士|投稿日:2004年02月05日|
- 研究部長 大石人士
- No.0081
合併協議と同時に、新市のあり方(運営方法)の議論を期待
市町村合併の議論も、いよいよ正念場を迎えた。合併特例法の適用期限である平成17年3月末まで、残すところ1年半を切り、タイムリミットは迫っている。先月から今月にかけて、法定協議会の設置が相次ぎ、10月15日現在、全国では426の法定協議会が設置され、全国の市町村数の半分を超す1662の市町村が参加している。
全国ベースでは、九州や中国地方など西日本で法定協議会の設置数、参加市町村数が多く、設置数ゼロとなっているのは、東京都と岩手県のみである。各都道府県の事情、あるいは隣接する市町村との関係からか、取り組みにバラツキがみられ、協議段階とはいえ、財政事情や住民意識の違い等による市町村合併の難しさが感じられる。
とはいえ、協議が進み、新市名や市役所位置などが決まってくると、住民意識も盛り上がってくると思うのだが、実際には行政ベースで淡々と進んでいるケースが多いようである。既に合併した市町村でも、「何が変わったの?」と感じている住民が多いと聞く。変わらなければ、それでいいのだろうか。
住民にとっては、合併効果により、負担減(あるいは同負担)・高サービスとなること、生活環境が改善されること、活力ある街に変わること、その実現のために地方行政改革を期待しているわけであり、それは具体策が見えるか見えないかの問題とも言える。
市町村合併に向けての協議事項は、決められたものだけでも数十項目、細かな事務手続き等も含めると何千項目となるが、住民が期待している議論は、その先にあるように思う。
たとえば、行政の効率化を進め小さな役所を目指すといっても、その際、民間への業務委託やボランティア等の市民参加をどう進めるのか、あるいは、行政サービスの充実や地域の個性づくりに向けて、新しいコミュニティ・自治組織はどうあるべきか、さらに、環境や生活重視の時代とはいえ、街の活力となる産業をどのように再生させるのかなど、これらは合併後の新市の課題ともいえるが、住民が注目するのは、まさにこうした身近なところにあると思う。
静岡県内でも、法定協議会が相次いで設置され、協議事項を中心に議論が進んでいるが、一方で、合併後の新市のあり方が問われ、あるいは、合併しない選択をした市町村の場合には、今後どのような自治運営・まちづくりを進めるのか、住民が関心を持てるような議論を進めていって欲しいし、また、そうした住民の高い関心のもとに運営されるのが、これからの地方自治に求められていることではないだろうか。
投稿者:研究部長 大石人士|投稿日:2003年10月17日|
- 研究部長 大石人士
- No.0068
中心市街地の“ハート(こころ)事業”は進んでいますか
「中心市街地活性化法」「改正都市計画法」「大規模小売店舗立地法」のいわゆる“まちづくり三法”が成立して、5年が経過した。空洞化が懸念される中心市街地の再生とともに、まち全体のあり方に大きな影響を与える大型店の適正な配置、個々の出店に対して周辺環境との調和を確保するための基準の設定などを趣旨とするものであった。
さて、5年が経過して、街はどのように変わりつつあるのか。
「市街地の整備改善」と「商業等の活性化」を両輪とした総合的・集中的な施策の実施を目指す「中心市街地活性化法」に基づき、基本計画を策定した地区は全国で574市区町村591地区(7月2日現在)、推進のためのタウンマネージメント(TMO)構想は約270地区で認定されている。
しかし、計画や認定の数が問題ではない。どれだけ実質的な“まちづくり”の成果が上がっているかである。
区画整理事業や街路整備事業など、すでにハード事業が確定していて基本計画を策定した地区は、目に見えて街の変化を感じるであろう。また、目に見えにくいソフト事業を中心に計画した地区でも、イベントや環境美化、空店舗対策事業などを地道に進めることで、暮らしやすさや賑わいを取り戻しつつある街もある。
その一方、ハード事業が進まず、空店舗が増えて“シャッター通り”化するだけ。ソフト事業も“笛吹けど踊らず”状態で、日中は人の気配すらない。ハードやソフトをやってはみたが、採算は大丈夫か、効果は本当にあったのか。そんな街が大半であるのも現実である。こうした違いはどこから生ずるのか。
中心市街地に人が集まる仕掛けづくりとして、?商業施設や公共施設の設置・機能強化、あるいはイベント等で魅力を高めること、?バリアフリーで歩きやすくしたり、広場や公園等の憩いの空間を整えたりすること、?駐車場の整備、コミュニティ循環バス等で来やすくすること、?住む人そのものを増やすこと、などが挙げられるが、こうした仕掛けは誰もが理解しつつ、その先に進めない。
しかし、いまや、1970年代や80年代のようなハード事業中心の商店街近代化事業ができる財政状況ではない。また、“モノが売れない時代”を迎え、地域の商業者を取り巻く経済環境も厳しい。さりとて、賑わいがあってこその中心市街地であり、地域の顔である中心市街地づくりは、これからの課題でもある。
確かに、“モノの売れる時代”には「中心市街地=モノを売る場」という考えで賑わいが生まれたが、これからは「中心市街地=ヒトの交流・生活の場」であり、そこに賑わいが生まれと考えるべきであり、その先に、生活者に対して“モノやサービスを提供”する商業者の機能が求められるのではないだろうか。
成果が上がっている街をみてみると、やはりポイントは「人」である。客観的な目標を定めて、街づくりのイメージを共有できる人がどれだけいるか。その人たちが組織化され、その活動に対して住民参加や行政支援がどれだけできるか。
ハード事業やソフト事業も重要であるが、その前に求められるのは、街を良くしよう、計画を成し遂げようとする気持ちをどれだけ醸成できるかで、「ハート事業」が重要だと言われるが、まさに、それを実践しているか否かで“まちづくり”格差がついてきているように思う。
投稿者:研究部長 大石人士|投稿日:2003年07月11日|
- 研究部長 大石人士
- No.0054
真の合併論議・都市経営論議を期待
この4月1日、旧静岡市と旧清水市との対等合併により、新「静岡市」が誕生した。静岡県内では、平成3年5月に行なわれた可美村の浜松市への編入以来の自治体数の変化であり、これで県内の市町村数は73となる。
現在、全国では、合併特例法の期限である平成17年3月末に向けて、合併論議が盛んに行なわれており、約8割の自治体が何らかの形で合併を模索している。静岡県内でも、現時点で17地域において合併協議会や研究会、あるいは大枠の合意が進められており、このまま順調に議論が行なわれれば、静岡県内の市町村数は約3分の1の25前後となる。当初、総務省が、全国約3200の市町村を3分の1の1000程度にしたいとしていたわけだが、数の上では静岡県も、ほぼ期待水準を達成することになる。
さて、ここ数年、法定あるいは任意の合併協議会や研究会・勉強会、さらには住民説明会等に参加・傍聴し、気になることがある。それは、多くの場合、合併のメリット、デメリットを並べただけで賛否を決めようとしていること、また、住民が関心を持つだけの十分な情報が提供されているかということである。
「もっとメリットがあるだろう」「こんなにメリットはないはずだ」あるいは「こんなデメリットもあるじゃないか」「デメリット以上のメリットがある」など、右へ左への議論が多い。また、財政上の効果や人員、サービス料金体系等、合併後の数字に関する議論が中心となっている。もちろん、これらは合併の目的上必要なことであり、住民の関心もあるところである。
しかし、合併のメリットを出す、さらにより以上の効果・数字を出すためには、どんな仕組みか必要か、あるいは取り組んでいくのか、誰も語ってくれていない。また、たとえば、大規模化することで危惧される地域コミュニティやシビルミニマムの確保など、デメリットを出さないために、どんな新たな仕組みに取り組んでいくのか、誰も語ってくれない。そんな場面が、これまで多かったように思う。
各地で住民投票の動きもあるが、合併に不可欠な事項ではない。であるとしたら、期待されるメリットを実現していくにはどうするのか、デメリットを最小限に抑え、より以上の効果・数字を生むためにはどうするのか、住民に見える形で、その姿勢や施策を示していくことが、真の合併論議につながると思う。
合併特例法の期限を2年後に控え、今年度は、合併に向けた議論が一層盛り上がるとともに、枠組みや是非を決める正念場の年となる。メリット・デメリット論、新市の将来像や数値目標だけでなく、合併して大きな都市になった後に、どんな新たな仕組みや施策によってより良い都市づくりを進めていくのか、真の都市経営論議を期待したい。
投稿者:研究部長 大石人士|投稿日:2003年04月11日|
- 研究部長 大石人士
- No.0041
次なる国際的ビッグイベントは?その意義は?
日本中、いや、世界中で盛り上がりをみせたワールドカップ・イヤーが終わる。
これまで日本では、1964年東京オリンピック、1970年大阪万国博覧会、1972年札幌冬季オリンピック、1975年沖縄国際海洋博覧会、1985年筑波国際科学技術博覧会、1990年大阪国際花と緑の博覧会、1998年長野冬季オリンピック、そして2002年ワールドカップ日韓共催など、ワールドサイズのビッグイベントが数多く開催されてきた。今後は、2005年愛知国際博覧会(愛・地球博)が予定されている。
一方、お隣の韓国では、1988年ソウルオリンピック、1993年大田国際博覧会、2002年ワールドカップ韓日共催。そして、成長著しい中国では、これから2008年北京オリンピック、2010年上海世界博覧会(今月決定したばかり)などが開催されることとなる。
ビッグイベントについては、国際的意義や費用対効果などの課題もあるが、ここでは次の2点について触れたい。
1つは、国の勢い、成長の様子がそのままビッグイベントに現れることである。1960年代から70年代にかけての日本の高度成長と、80年代の成熟。韓国では80年代から90年代にかけての急成長。そして、90年代から今も続いている中国の成長。ビッグイベントの開催状況と各国の経済成長の過程をみても、21世紀初頭は中国の時代を予想させる。もっとも、自国の高い成長の裏づけと自信があってこそ、これらのビッグイベントが開催されるものではあるが、国の勢いを、まさにワールドサイズで示すものである。
もう1つは、これから日本は何を目指すのかということである。オリンピック、国際博覧会、ワールドカップという、世界で最も注目されるスポーツ・科学・文化のビッグイベントを、日本はすべて経験したことになる。では、2回目、3回目の開催を、となるのか。日本の経済・産業の行く末だけでなく、ここでも次に目指す明確な日本の目標が見つからないようにみえる。
当所発行の月刊誌「SERIまんすりー」2003年1月号新春特集で、「幸福の生産性」と「匠のたくらみ」という寄稿提言を受けた(詳細は本誌参照)。そこには、成長や効率性を追求するあまりに忘れられてきた「真の豊かさや創造性」が問われているように思われるが、そうした真の豊かさや創造性を追求することが、社会的にみた成長や効率性、持続的な発展をもたらすのではないかと思う。
そう考えると、これからのビッグイベント、あるいは広義でのコンベンションなどは、国ごとの事情や時代背景により開催意義も異なるであろうが、少なくとも日本にあっては、国勢を盛り上げるためのものではなく、その内容・テーマ、主体となる人・参加する人の意識によって、どれだけ世の中に問うことができるかが重要となろう。21世紀は、たとえイベントの規模は小さくても、国民1人ひとりが真の「豊かさ」を実感でき、「創造性」が醸成されるようなイベントが、数多く、また日本発で開催されていくことを期待したい。
投稿者:研究部長 大石人士|投稿日:2002年12月27日|
- 研究部長 大石人士
- No.0029
人に優しい「近未来の商店街」の姿
久々に東京の巣鴨地蔵通り商店街を訪れた。相変わらずの賑わいぶりである。いまさら紹介するまでもないが、同商店街は、JR山手線巣鴨駅から数分のところに位置し、若者の街「原宿」に対して、「おばあちゃんの原宿」とも呼ばれてきた。商店街の中ほどにある「とげぬき地蔵尊高岩寺」には、遠方から観光バスに乗って団体客も訪れる。
今年は中山道開道400年ということで、街道沿いにあたる巣鴨各所でも記念祭などが開かれているが、そうしたイベントがなくても、街を歩くと毎日が縁日、毎日がイベント開催日のようにみえる。こうした光景は、地方のシャッター通りや閑古鳥が鳴いている商店街にとっては、夢のような話であろう。
この巣鴨地蔵通り商店街は、商店街として明らかに顧客を選別している。主たるターゲットは、おばあちゃんやおばさん。しかも、寂しげなお年寄りではなく、よく食べよくしゃべる元気なお年寄りたち。高級品はほとんど置かれていないが、日常的なものがそれなりに品揃えされている。つまり、普段利用するものが、安く、素朴に売られている。
また、ウインドウに特別装飾を施すわけでもなく、横文字やカタカナを使った案内・看板も少ない。それでいて各店が個性を持っており、店の売り物「我が店自慢」を持っている。その結果、店の前を通るのはほとんどが高齢者、あるいは、そうしたノスタルジックな雰囲気やアンティークさを求める世代と、顧客層が限定されているが、今日も賑わいが続いている。
かつて各地にあった中心商店街の賑わいは、今や、郊外のショッピングセンターに取って代わられ、あるいは地域間競争の中で、より大規模な都市に吸収されてしまっているのが現実である。しかし、高齢化社会が訪れるなかで、あるいは住民が身近な生活のゆとりや消費空間の充実を求める時代においては、近代的な建物・街路や単なる賑わいだけが中心商店街に求められる姿ではなくなってこよう。
巣鴨地蔵通り商店街では、「ぶらり のんびり 歩ける街づくり」に努めている。近年、各地で中心市街地の活性化や商店街の再生への取り組みがみられるが、これからの商店街、とりわけ地域の生活を担う商店街には、「きれいすぎない、買物に違和感を感じない、歩きやすい商店街」が求められているように思う。また、そこに住む人たちにとって日常的なもの、なくては困るものを扱い、気軽に参加できるイベントや祭りの場があること。そうした地域の歴史と文化を大切にした「人に優しい街づくり」。巣鴨地蔵通り商店街には、そんな近未来の商店街の姿があるように思う。
投稿者:研究部長 大石人士|投稿日:2002年10月03日|
- 研究部長 大石人士
- No.0015
何のための市町村合併か、目的を市民に明確に
合併論議が県内各地で本格化し始めた。すでに合併を実現した首長や実務担当者を招いての講演あり、当該地域の首長や住民を交えてのシンポジウムあり。こうした中、静岡・清水では、来年4月の合併、新市「静岡市」の誕生が決定し、次は政令指定都市への移行という大きな目標を目指すことになる。
市町村合併には、当然ながらメリットだけでなくデメリットもあり、また、新市の名称や庁舎位置などの検討が入ってくると、合併論議は途端にスローダウンしてしまう。そこで重要となるのが、何のための市町村合併か、その必要性や目的が明確になっていて、それが一部の推進者だけでなく住民に十分理解されているかである。
抽象的な合併必要論を繰り返していても、議論は進展しない。その合併は政令市や中核市の指定を目指すのか、ビッグプロジェクトの実現を目指すのか、あるいは厳しい財政下で行財政改革を推進するのか、さらには社会面・経済面から見た地域的一体性など、合併後の具体的な姿とその効果を住民に明らかにしておく必要がある。そして、こうした目的や姿を明らかにするとともに、その後の合併に向けた取組みをスムースにするためには、開かれた議論の場づくりと市民の参加が不可欠となる。
昨年誕生した西東京市(田無市・保谷市)の合併協議の過程では、合併の必要性と効果の検証や確認は専門的見地から協議会が行ったが、新市建設計画の基礎となる新市将来構想づくりは市民代表が中心となって検討、そこには行政と市民との二人三脚の姿がある。また、住民投票で単に合併の賛否を問うのではなく、新市に期待する施策、どんな新市名にするかなど、投票基準を十八歳以上にまで拡大した市民意向調査という形式で実施している。そして、こうした市民との対話のスキームを積極的に推進させたのが、首長たちのリーダーシップであった。
一般市民は市町村合併に対する知識を十分持っているわけではなく、積極的に関心を向ける人も少ないのが実態である。しかし、地方分権時代を迎え、地方自治のあり方が大きく変わろうとしている今、真の豊かさを求め、生活に直結した“まち”の将来像について、市民一人一人が真剣に議論しなければならない時ではないかと思う。
投稿者:研究部長 大石人士|投稿日:2002年06月20日|
- 企画部長 岸本高昌
- 研究員 栗原広樹
- 研究員 高橋晴美
- 研究員 佐藤祐介
- 研究員 森晃昌
- 研究員 森田陸
- 研究員 須藤みやび
- 研究員 石田進吾
- 研究員 大石彰男
- 研究員 田原 真一
- 研究員 田中恵梨子
- 研究員 田中克明
- 研究部担当部長 山田慎也
- 研究部長 大石人士
- 研究部副部長 望月毅
- 主任研究員 塩野敏晴
- 主任研究員 玉置実
- 主任研究員 川島康明
- 主任研究員 大石真裕
- 主任研究員 長村敏孝
- 主任研究員 冨田洋一
- 常務理事 高橋節郎
- 専務理事 中嶋壽志
- 調査部長 内野孝宏
- 理事長 古知弘行
- モール型ショッピングセンターは生活者に時間消費空間を提供
- 「愛・地球博」だけではない、愛知・名古屋の盛り上がり
- 元気のある商店街はどこが違う?
- イベントをめぐる庶民の「金と時間」
- 待ったなしを迎えた市町村の行財政改革
- 「そんなこと」や「そんなもの」から見つめ直して行動に
- 合併協議と同時に、新市のあり方(運営方法)の議論を期待
- 中心市街地の“ハート(こころ)事業”は進んでいますか
- 真の合併論議・都市経営論議を期待
- 次なる国際的ビッグイベントは?その意義は?













