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  • 主任研究員 長村敏孝
  • No.0334

求められる?「普通力(ふつうりょく)」

 現代社会を生きる人間にとって、もっとも必要な力とは何だろうか。
スポーツ、例えばサッカーなら、攻撃力、守備力など、分かりやすいものを容易に列挙することができる。しかし、一般の社会生活においては何が求められるのだろう?
普遍的なものとしては、統率力、包容力、忍耐力などがあり、最近では、鈍感力などという新語も聞かれるようになっていきている。
しかしここでは、あくまでも持論であるが、あえて「普通力」を推したい。

 「普通力」というのは、もちろん筆者の頭の中で思いついた言葉であるが、すでに他のどなたかの専売特許になっているのでは、という畏怖の念がよぎり、恐る恐るヤホー、ではなくYAHOO(ヤフー)で検索したところ、「普通力検定」というのが引っかかった。しかしそれは一般常識を問うものらしく、筆者のいうところの普通力とは別もののようなので、安心して筆を進めることにする。

 このコラムでいう「普通力」とは、けっして平凡ということではなく、普通な考え方ができ、何事も普通に行うことができるということである。組織においては、業務をごく普通にこなす、人と普通にコミュニケーションがとれる人が、やはり上司や部下にとっても接しやすいし、少々人より仕事ができても素行や性格にくせのある人より重宝がられるのではないだろうか。
 また、ここでことわっておかなければならないのは、普通力を持つ(当たり前)というのは、実は難しいということである。
 例えばゴルフで、ドライバーで普通にまっすぐ飛ばす、アプローチで普通にグリーンに乗せる、というのは非常に難しい。いや、これではすでに「普通力」を超えているとのおしかりを受けてしまいそうである。
 しかし、ここまでではないにしろ、現代こそ、「普通」であることが困難な時代である。つまり、普通≒当たり前なことが、当たり前ではなくなっているのである。たとえば、礼儀やマナー、モラルなどである。ごく当たり前にできてないことが多いのではないだろうか。
 いろいろな方面で普通力をつければ、人生が“普通に”楽しくなる。某元プロレスラーが言っているかどうかわからないが、「普通であれば何でもできる」のではないだろうか。たとえば、おいしいものを“普通に”おいしいと思うことができ、きれいな景色を“普通に”きれいに思うことができれば、人生により彩りが出てくる。
 近い将来、「あの人は個性的」などより、「あの人は普通力がある」といった方がほめ言葉になるかもしれない。

投稿者:主任研究員 長村敏孝|投稿日:2010年03月01日|コメントを書き込む

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