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- 特任部長 内野孝宏
- No.0273
野生ジカの異常繁殖に想う
昨年、受託調査で北海道に行った際、行政関係の食品研究機関が開発した「シカ肉ソーセージ」を試食する機会があった。これは、全国的に野生ジカが異常繁殖し、山林や農作物等への深刻な食害被害を与えていることから、その有効活用の事例調査として取材先を訪問した時の話である。シカ肉は初めてだったことや、途中の釧路湿原の列車の車中で、何度も何度も野生の「ナマ」ジカを警笛で追い払った光景が目に浮かんだせいかあまり気乗りがしなかったが、これがどうして、なかなかの美味であった。
野生ジカの繁殖は、静岡県も例外でなく、伊豆の天城山を中心に伊豆半島全体で本来の適正頭数といわれる2,000頭に対して、5倍の約1万頭にも膨れ上がっているという。山頂付近のササなどは、すでに食べ尽くされており、ほとんどの樹木も幹をグルリと一周食べられて枯れ始めている。また、食べる物がなくなってきたせいか、だんだんと人里にも降りてきて、静岡県特産のわさびなどは、当初は葉だけだったが、あの辛い根の部分まで掘り起こして食べてしまうという。本来、シカは臆病な性格で見慣れぬものをみると全身硬直を引き起こすそうだが、ヒトにも列車にも慣れてしまったのだろう。最近では、足りないエサを求めて箱根方面にも集団移動を始めているとのことである。
シカ肉の有効活用については、課題が多い。まず、農耕民族である日本人には、野生の獣肉を食する習慣がない。猟友会の方々が「管理捕獲」したシカの一部を、親戚か地元の民宿に配る程度で、流通ルートはないといってよい。肉処理の衛生管理マニュアルが確立されていない地域も多く、現状、自家消費として普及している「シカ刺し」などは、本来、野生獣が持つ病原菌だらけの危険極まりない食べ物といってよい。
また、散弾銃などを使ったものは、肉がバラバラとなって売り物にならないし、高齢化の進む猟友会のメンバーが勾配険しい山中からシカを運び出すのは重労働である。歩留まりも低く、寒冷地で一回り体格の大きいエゾシカでさえ3割弱、天城ジカのようなニホンジカとなると、10%程度に落ちてしまう。勢い、豚肉の価格に比べて2倍程度と、どうしても値段は高いものにつく。ツノは漢方薬、皮はセーム皮、肉の一部をペットフードに活用しようとする向きもあるが、採算ベースに乗せるのはなかなか難しいようだ。
深刻化する被害に対応するため、県を中心に伊豆地区の行政が研究会を立ち上げたが、シカ肉を消費者に届くまでの流通ルートに乗せるためには、北海道で実施している「捕獲したシカを養鹿場で一次養鹿する」供給体制を整えなければ、事業として始まらないものと思われる。猟友会のメンバーらの不定期的な猟に依存するのでなく、良質な肉の安定供給こそが第一歩であり、そこから商品開発や多様な販路開拓を行い、価格を引き下げる体制もでき、「食」のひとつとして定着させていくことが大事である。
それにしても、なぜ、これだけ野生のシカが増えてしまったのであろうか。メスの捕獲を禁止してきたことの反動、オオカミなどの天敵がいなくなったことによる食物連鎖の崩壊、地球温暖化により越冬できるシカの増加など諸説飛び交うが、いずれにせよ、巡りめぐって人間界に影響が戻っていることは確かである。こうした異常繁殖は、シカだけでなく、サルもイノシシにも起きているという。
世界的な穀物価格の高騰の中で、日本の食料需給率の低さが問題視されているが、一度、環境サミットなどでこうした問題をクローズアップし、シカ肉の有効活用を国策のひとつとして取り上げる必要もあるのではないだろうか。私自身はすでにバイバイしているが、21世紀の終わりには、こうした自然界によるしっぺ返しが強く表面化して日本の食文化も大きく変わってしまい、極論かもしれないが、日本人らしい勤勉さや器用さも消えてしまうなど、経済の優位性の根幹を脅かすかもしれないことを危惧するものである。
投稿者:特任部長 内野孝宏|投稿日:2008年06月27日|コメントを書き込む
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