主任研究員 長村敏孝 のコラム
- 主任研究員 長村敏孝
- No.0355
駿府城に思う
先日引越しをした。新しい通勤ルートは、駿府公園の外側(駿府城の外堀と中堀の間)を通るのだが、まず驚いたのは学生の多さである。様々な制服が、徒歩、自転車で入り乱れており、まさに通学ラッシュである。地図を確認してみると、駿府公園の周辺には、12時の位置(駿府城の真北)から時計回りに、常葉学園高校・中学、大成高、静大付属中・小、城内中、双葉学園中学・高校、英和女学院高校、静岡高校、葵小学校と、実に11の小中学校・高校が取り囲んでいることがわかった。まだ詳しく調べてはいないが、全国でもこれほど学校が密集している地域は珍しいのではないだろうか。
しかし、それ以上に驚いたことがある。昼休みに運動不足を解消しようと通勤コースを逆走していた時に、中堀の周りを走っているランナーが多いことに気づいた。ランナーと言っても学生が体育の授業や部活で走っているわけではなく、20~60代の、明らかに成人とみられる人が多いのだ。さわやかな風を受けながら緑あふれるコースを走るランナーには、心地よさのようなものが感じられた。
改めて駿府城は、晴天の日に富士山が見えたりすれば、日本人・外国人を問わず絶好の観光スポットになりうると感じた。昔は、お堀の中のスペースに木が生い茂っているだけのイメージであったが、今は東御門、紅葉山庭園などができ、かなり洗練されてきているように思える。そこで、たとえば駿府城の観光に、ジョギング(ウォーキング)をセットする。つまり、前日の晩に駿河湾の魚介や静岡おでん、静岡割りをもてなし、翌朝にだぶついたおなかを駿府城ですっきりしてもらうのはどうだろう。
ジョギングの聖地と言えばまず皇居が頭に浮かぶが、ランナーが増えすぎて、マナーが問題視されるようになり、歩行者が脅威を感じることが多くなっているという。“人が多すぎず”、“空気がきれい”で、“景観が素晴らしい”ことを売りにして、「皇居より気持ちいい」というキャッチコピーをつけた、「ヘルシー型の観光」は結構受けるのではないだろうか。そうなれば、“静岡の皇居”が本家本元を凌駕する日も近いだろう。
投稿者:主任研究員 長村敏孝|投稿日:2010年11月09日|コメントを書き込む
- 主任研究員 長村敏孝
- No.0334
求められる?「普通力(ふつうりょく)」
現代社会を生きる人間にとって、もっとも必要な力とは何だろうか。
スポーツ、例えばサッカーなら、攻撃力、守備力など、分かりやすいものを容易に列挙することができる。しかし、一般の社会生活においては何が求められるのだろう?普遍的なものとしては、統率力、包容力、忍耐力などがあり、最近では、鈍感力などという新語も聞かれるようになっていきている。
しかしここでは、あくまでも持論であるが、あえて「普通力」を推したい。
「普通力」というのは、もちろん筆者の頭の中で思いついた言葉であるが、すでに他のどなたかの専売特許になっているのでは、という畏怖の念がよぎり、恐る恐るヤホー、ではなくYAHOO(ヤフー)で検索したところ、「普通力検定」というのが引っかかった。しかしそれは一般常識を問うものらしく、筆者のいうところの普通力とは別もののようなので、安心して筆を進めることにする。
このコラムでいう「普通力」とは、けっして平凡ということではなく、普通な考え方ができ、何事も普通に行うことができるということである。組織においては、業務をごく普通にこなす、人と普通にコミュニケーションがとれる人が、やはり上司や部下にとっても接しやすいし、少々人より仕事ができても素行や性格にくせのある人より重宝がられるのではないだろうか。
また、ここでことわっておかなければならないのは、普通力を持つ(当たり前)というのは、実は難しいということである。
例えばゴルフで、ドライバーで普通にまっすぐ飛ばす、アプローチで普通にグリーンに乗せる、というのは非常に難しい。いや、これではすでに「普通力」を超えているとのおしかりを受けてしまいそうである。
しかし、ここまでではないにしろ、現代こそ、「普通」であることが困難な時代である。つまり、普通≒当たり前なことが、当たり前ではなくなっているのである。たとえば、礼儀やマナー、モラルなどである。ごく当たり前にできてないことが多いのではないだろうか。
いろいろな方面で普通力をつければ、人生が“普通に”楽しくなる。某元プロレスラーが言っているかどうかわからないが、「普通であれば何でもできる」のではないだろうか。たとえば、おいしいものを“普通に”おいしいと思うことができ、きれいな景色を“普通に”きれいに思うことができれば、人生により彩りが出てくる。
近いうちに、「あの人は個性的」より、「あの人は普通力がある」といった方がほめ言葉になるかもしれない。
投稿者:主任研究員 長村敏孝|投稿日:2010年03月01日|コメントを書き込む
- 主任研究員 長村敏孝
- No.0314
ゴルフから見えてくる仕事観
2016年のオリンピックの追加競技の候補として、ゴルフとラグビー(7人制)が選出された。10月のIOC(国際オリンピック委員会)で承認されれば、正式に採用される。筆者にとって、ラグビーというと、早慶戦や早明戦、80年代に放映されたテレビドラマ「スクールウォーズ」を超える知識やイメージはなく、7人制というと、ますますもって分からない。そこで、ラグビーファンの方には申し訳ないが、今回はゴルフに関わる話をしたい。
筆者はゴルフを本格的に始めて7年になるが、練習場に通うようになった(週1回程度だが)のは、ここ2年くらいである。初めは、自分が気持ちのいいように、ただひたすらボールを打つだけだった。タバコも吸わず、休憩もせず、3ケース(270球)を1時間で打ってしまう筆者は、練習場の経営者にとっては、回転率のよい、きわめて優良な客だっただろう。しかし、ただ何も考えずに打つだけでは何も変わらないということを悟るまでには、それほど時間を要せず、本やビデオによる研究、およびそれらを練習場で実践することで、スイングをする上でいくつかのチェックポイントが見えてきた。
しかし、ほとんどの方が感じていることと思うが、無数にあるチェックポイントを満たしつつスイングをすることは、ほとんど不可能である。また、チェックポイントに気をとられるあまり、本来の、“ボールを真っ直ぐ飛ばす”(上級者であれば意図的にドローやフェードをかけることもあろうが)という目的を忘れそうになってしまうこともある。これは仕事にも同じことが言え、細かい部分にこだわりすぎると、本来の業務の目的から、ベクトルが徐々に別の方向にずれていってしまうおそれがある。ややもすると、昔、読売ジャイアンツに在籍した、台湾出身の呂明賜(ろ・めいし)という選手が、当時の打撃コーチに、「お前のスイングには36箇所の欠点がある。」と言われて打撃フォームを崩してしまった、というようなことになりかねない。
また、ホール1つ1つも、仕事に例えることができよう。例えば、池やバンカーに囲まれたショートホールは、正確さと迅速さが求められる業務に、300ヤードそこそこでも、グリーン手前にパックリとバンカーがあるようなミドルホールは、一見やさしそうに見えて、実は落とし穴のあるミッションに、また、距離は500ヤードを超えるが、フェアウェーが広く、さしたる障害物もないロングホールは、着実に前に進むことで成し遂げられるプロジェクトに似ている。
また、同一のホールであっても、そのときどきのシチュエーションによって、リスクをできるだけ回避しながら慎重に臨む場合と、行け行け(池池ではない)で攻めていく場合が出てくるが、攻略のし方は自ずと変わってこよう。ただ1つ確実に言えることは、最後のパット(ゴール)から逆算し、その一打前はあの辺りに落とす(そこまでミッションを進める)、その一打前はどこまで、第1打はあそこまで、という戦略を立てることが不可欠であるということだ。その、ちょっとした戦略を考える時間を惜しんで、やみくもに前進していったために、かえって打数を多く要してしまうことは、ほとんどの方が経験されていると思う。
しかし、ゴルフも仕事も人間が行うものであり、必ずしも理屈どおりには事は運ばないことは明らかである。結局、上達と成功の秘訣は、“好きになること”と“情熱を注ぐこと”であり、少々悪い状態が続いても、気持ちを切らさずに辛抱強く事を進めることに尽きるだろう。
投稿者:主任研究員 長村敏孝|投稿日:2009年08月17日|コメントを書き込む
- 主任研究員 長村敏孝
- No.0300
風邪をひいた?上海
2月6日から9日にかけて、1年ぶりに上海を訪れた。筆者は通算4年ほど上海に滞在経験があり、今回の目的は、旧友と再会することに加えて、もう1つは、世界同時不況の折り、一時は飛ぶ鳥を落とす勢いであった中国・上海が、どのような雰囲気になっているかを見たかったということがあった。
今回はプライベートの旅行だったことや、旅程が金曜日の夕方から月曜日の朝だったこともあり、日系企業の対中投資の現況や、中国経済の変調ぶりなどといった部分は把握できなかったが、以前との違いは、それなりに肌で感じ取ることができた。
上海に着いた日は、筆者の後任(静岡銀行上海駐在員事務所の朝倉次席)と、静岡県上海事務所の石田副所長と食事をともにしたのだが、朝倉氏によると、最近では、以前より来訪者が減っているため、自ら取引先を訪問する機会が増えたという。私が駐在していた頃は、とにかく来訪客が多く、こちらから取引先へ訪問する時間はかなり限られていたと記憶している。ある時は、3夜連続で取引先と会食をする機会があり、しばらく上海蟹は見たくなくなったこともあったくらいである。その当時と比べれば、隔世の感があると言えよう。また、そのレストランを見渡してみると、金曜日の夜にも関わらず、客が3分の2も埋まっていないことに気がついた。そのレストランは、筆者も上海に駐在していた頃、取引先との会食で何度か利用したことがあったのだが、当時は、一週間前でも予約がとりにくかったと記憶している。
次の日は、ある用事のため、宿泊先のホテルがある虹橋地区から、黄浦江という大きな川を隔てて東側にある、浦東地区までタクシーで移動した。以前の経験から、所要時間は40分を見込んでいたが、渋滞がなく20分弱で到着してしまった。これも以前では考えられないことである。また、ある用事というのは、昨年完成した超高層ビル、上海環球金融中心(上海ワールドフィナンシヤルセンター)を最上階まで上るというものであったが、世界第2位の高さ(492m)を誇るそのビルも、見学客が少なく、心なしか寂しそうに映った。
しかし、街中を往来する人々の顔を見ると、決して下を向いておらず、比較的明るい表情をしているのを見てホッとした。彼らは依然として、「今日より明るい明日」を信じているのだろう。
中国を始めとする新興国と呼ばれる国々も、現在こそ世界同時不況の影響を少なからず受けていることは否定できないが、長期的にみれば、今後も高所得者層の増加や、潜在的な内需拡大などによる経済成長が期待されている。中国については、今は、米国や日本がひいた風邪が、ほんの少し感染したにすぎず、これからも、中国がボーダーラインとして設定する、GDP成長率8%を割り込むような大病を患うことはないものと信じたい。そして、次回、上海を訪れるときは、以前のような元気な姿を再び見たいと思う。
投稿者:主任研究員 長村敏孝|投稿日:2009年02月20日|コメントを書き込む
- 主任研究員 長村敏孝
- No.0281
銀メダルより銅メダル?
先日、藤枝市内で行われたPK(ペナルティキック)の大会に参加した。数日前から、ゴールの左隅(自分から向かって)に蹴ると決めていたのだが、まったく想定していなかったことが起こった。私は、一番手のキッカーだったのだが、ホイッスルが鳴っても相手ゴールキーパーが、向かって左隅に立ったまま、中央に寄ろうとしないのだ。すぐにこれが相手の作戦であることに気がついたが、これでは左には蹴りにくい。とっさに、ゴールキーパーが飛んでも届かないであろう、右隅を狙うことにした。しかし、枠の中に入れようという意識が働きすぎたせいか、コースが甘く、右を蹴ることが読まれていたのだろうか、あっさりと止められてしまった。
止められたことより、残念だったのが、自分の気持ちの弱さであった。ゴールキーパーが左隅に構えるという、普通ではありえない事態に、明らかに動揺してしまい、また、それをはねのける精神力が足りなかったと思う。
その後、気分転換というわけではないが、美容院に行くことにした。ちょうど北京オリンピックが盛り上がっていた時期だったこともあり、美容師さんとの話題は自ずとメダルの話に終始した。美容師さんいわく、「私は、銀メダルより、銅メダルの方を評価したい」ということであった。なぜなら、銀メダルは、もちろん準決勝を勝ち上がり、決勝まで進むのだから、それはそれで素晴らしいことであるが、銅メダルを取るということは、準決勝で敗れ金メダルの夢がついえた状況から、気持ちを立て直し、3位決定戦で勝利しなければ成し遂げられない。つまり、絶望の淵から再度這い上がって、勝って終わるので、見方によっては、銅メダルの方が評価できる、という訳である。
つい数時間前に自分の気持ちの弱さから(技術的なものも多分にあるが)、PKを止められた小職にとっては、その論理がよく理解できた。時には、波に乗って一気呵成に攻めていくことも大事だが、逆境の中で、強い精神的を保ちながら、困難を解決していく力も、人間が有していなければならないものだと思う。
ところで、英語の「manage」(マネージ)を英和辞典で調べると、訳の1つに、「(何々)を何とかやり遂げる」とある。ピンチに置かれた時に、いかに難局を乗り切るか。もちろんこれには、強い精神力だけでなく、経験を積んでいくことも必要であろう。どのような状況においても動じずに、最善の決断・対応ができる、真の「manager」を目指したいものである。
投稿者:主任研究員 長村敏孝|投稿日:2008年09月22日|コメントを書き込む
- 主任研究員 長村敏孝
- No.0264
“モンスター”にならないように
“モンスター”、直訳すれば“怪物”であるが、このコラムでは、昭和の怪物「江川卓」や、平成の怪物「松坂大輔」のような、“規格外の”といった良い意味でのモンスターではなく、モンスターペアレント、モンスターカスタマー、などに代表される悪い意味でのモンスターについて語りたいと思う。
モンスターペアレントとは、学校に対して、理不尽な要求を行う保護者を指し、自分の子供が学芸会で主役でないとクレームをつけたり、欠席した日数分の給食費の返還を求めたり、そのほか様々なケースがあるようだ。
モンスターカスタマーは、厄介な客とでも定義すればよいのだろうか。少し前の日経新聞には、コンビニで、売り物である地図をコピーする客、外部から持ち込んだカップ麺にお湯だけ入れて帰る客、などの例が紹介されていた。
また、モンスタープレイヤーという言葉は聞いたことはないが、最近はゴルフ場でもモンスターが出没する。ある日、ショートコースでプレイをしていた時に、18番ホールでグリーンへのアプローチをしようとしたところ目を疑ってしまう光景に遭遇した。1番ホールのスタートを待っていた二人組が、我々がプレイしているグリーンの片隅でパッティングの練習を始めたのである。グリーンはかなり広く我々のプレイには直接影響はなかったものの、練習用のグリーンでもないのにそもそもマナー違反である。筆者は決して思ったことをすぐに口に出す人間ではないが、その時はたまらず、「まだ、プレイしているので勘弁してくださいよ。」と言ったところ、こちらを睨み返しただけで、お詫びの一言もなかった。他にも、奇声を上げながらプレイしたり、前の組に打ち込んだりといったことが最近は多くみられるようになり、ゴルフが「紳士のスポーツ」と呼ばれていることさえ忘れてしまいそうである。
ところで、私は自分のゴルフスイングをチェックするのがとても怖い。それは、改善すべき点が数え切れないほどあることが容易に予想できるからだ。これと同じで、自分の言動を客観的に見るのはもっと怖い。モンスターと呼ばれる言動を知らず知らずに起こしているかもしれないからだ。モンスターにならないためにも、スイング同様、常に自分の言動を客観的にチェックする勇気を持ちたいものである。
投稿者:主任研究員 長村敏孝|投稿日:2008年04月10日|コメントを書き込む
- 主任研究員 長村敏孝
- No.0243
上海の日本料理店にCSの原点を見た
私事で恐縮であるが、小職は2002年から2005年までの3年間、静岡銀行の上海駐在員事務所に在籍していた。上海には、現在日本人駐在員が多く、出張者や旅行者を含めると常時、7万人もの日本人がいると言われている。そうした背景もあり、ここ数年で日本料理店が急増し、今では200から300もの店が存在すると言われている。上海に駐在していた頃は、「毎日、中華料理ばかりでよく飽きないね。」と言われたものだが、上海で(他の都市でもそうであるが)中華料理ばかり食べることのできる日本人はまずいないだろう。そういう訳で、日本料理屋にもお世話にならざるを得ないのだが、ここで忘れがたい一軒の店を紹介したい。
上海での駐在経験のある方なら誰でも知っているその店であるが、とにかく、いつ行っても客があふれんばかりであり、容易に空席を発見できたのは、2005年4月の反日デモ直後のほんの一時期だったと記憶している。
なぜ、その店はそれほど流行っているのか?まず、一度来店すれば、次に来たときには客の名前を覚えていて、呼びかけてくれる。日本で同じ事をされれば、少々鬱陶しさを感じることにもなろうが、なぜか海外ではこれがうれしいものである。客の名前を覚える秘訣は、常にメモ帳を携帯し、客の名前と特徴を記入し、その情報を店員同士で共有することだそうだ。さすがに、以前太った友人を連れて行った時に、メモ帳に「胖」(発音は「パン」、中国語で“太っている”の意)と記入しているのを見た時は吹き出しそうになったが・・・。また、それだけでなく、トイレに行って戻ってくると、「お帰りなさい。」と言ってくれるし、もずく酢を注文すると、「うずらの卵は入れますか?」と聞いてくるし、さらに、ちょっと常連になると、「いつも来ていただいてますのでサービスです。」などと言って活け造りを無料で進呈してくれるなど、枚挙にいとまがない。とにかく、かゆいところ、いや、かゆくないところにも手が届くのである。
聞いた話によれば、接客マニュアルがかなり細かく作られているということである。日本でマニュアルどおりといえば、「○○でよろしかったですか?」などといった変わった?日本語に代表される、きわめて無機的なものを連想してしまうのであるが、そこではマニュアルに則って接客が行われているものの、無機質な感じはなく、笑顔や、ひとつひとつの挨拶や声掛け(もちろん日本語)に心が込められており、フェイス トゥ フェイス(Face to face)、さらには、ハート トゥ ハート(Heart to heart)が存在しているのである。確かに、従業員(ほとんどが20歳前後の女性)は、内陸部の貧しい地方から来ているケースが多く、より高い収入を得るために、ウェイトレスからマネージャークラス、幹部クラス、という具合に昇級していくには、たくさんの客にファンになってもらう必要があることも事実であるが、そこでは、まさに、CS(顧客満足)の原点とも言えるべきものを見ることができるのである。ただ、こうしたサービスもあって、羽目を外しすぎてしまう日本人客が多いことも事実である。「お客様は神様」とは言うものの、できれば行儀のよい神様でありたいものである。
投稿者:主任研究員 長村敏孝|投稿日:2007年09月26日|
- 主任研究員 長村敏孝
- No.0233
アンチエイジング-華麗に加齢
美容や健康維持に関連する横文字が世の中を席捲している。「メタボリック」に続いては、「アンチエイジング」である。アンチエイジングとは、直訳すれば“抗・加齢”となるが、その概念は化粧品から健康食品まで幅広い分野に波及しているようである。なお、?富士経済の推計によると、2010年のアンチエイジング素材市場は2006年比で65%増の350億円に拡大するとみられている。
目下のところ、アンチエイジングは、美容や健康など、主に“肉体”に関わるものを指すことが多いが、本コラムでは異なった視点からアンチエイジングを捉えてみたい。
まず、肉体とくれば、“頭脳”であろう。頭脳のアンチエイジング、つまり、絶え間なく頭を使うことであるが、現在は、メディア、インターネットなど情報ソースはいくらでもあり、そうした情報を入手しただけで頭を使ったように錯覚してしまうことも多いだろう。入手した情報は自らの手法で咀嚼(そしゃく=かみくだく)し、自分がいつでも使える状態に加工する、そこで初めて“頭を使う”という行為が行われることになるのである。また、都度、新しい経験を次に活かしていくこと、つまり“学習”するということも頭脳のアンチエイジングにはきわめて実効性のある手段といえよう。
もう1つは、“精神”のアンチエイジングである。すなわち、気を若く持つことであるが、これには、いろいろなことに挑戦する、何でもやってみるということがもっとも有効であると思われる。物事を始めるのに遅すぎることはないと言うが、全くそのとおりで、始めよう、そう思った瞬間がベストなタイミングである。何かを始めようとした時に、「次の機会でいい」と思いとどまり、そのまま機会を失ってしまうというのは誰しもが経験したことがあるだろう。
また、“何か”を新しく始める際には、それが体を動かすものであれば、肉体のアンチエイジングにつながるし、そうでなくても頭脳のアンチエイジングに、また、肉体・頭脳、双方のアンチエイジングにつながるものも多いだろう。そして、その“何か”を続けていけば、もっとうまくなりたい、このように改善したい、という具合に現状に満足しなくなる時が必ず来る。つまり、向上心(精神のアンチエイジング)という形でフィードバックされるのである。つまり、どんな小さなことでも始めてみれば、知らず知らずのうちにアンチエイジングの順方向の好連鎖が形成できるのである。余談ではあるが、小職の場合はゴルフが、肉体・頭脳・精神、いずれのアンチエイジングにも役立っている。ただ、スコアは全くアンチエイジングしていないが・・・。
最近、“加齢臭”という、中高年男性にとっては何ともいやな響きを持つ言葉を耳にするようになった。1年に1つずつ年齢を重ねていくのは、どこの国に生まれようが、どのような身分で生まれようがまったく変わらない、人類で唯一平等で、かつ不可避なものである。どうせなら、“華麗”に“加齢”していきたいものである。
投稿者:主任研究員 長村敏孝|投稿日:2007年05月30日|
- 主任研究員 長村敏孝
- No.0223
腹を張って生きる
近頃、自分のお腹周りを気にしている人が増えているのではないだろうか。“メタボリックシンドローム”という言葉が飛び交っているのも1つの要因であろう。つい先日の新聞でも、「妻タンゴ、息子はスノボ、俺メタボ」というサラリーマン川柳が紹介されていた。
そもそも、メタボリックとは「代謝」、シンドロームは「症候群」を意味する英語で、直訳すれば「代謝症候群」となるが、そこから転じて、一般的には、「内臓脂肪型肥満」を指すことが多い。また、メタボリックシンドロームは進行すると「動脈硬化」、「脳梗塞」や「糖尿病」などを引き起こすことがあり、生活習慣病の温床とされている。内臓脂肪が蓄積される原因としては、皮下脂肪についても基本的に同じであるが、運動不足や不規則な生活、高カロリーの食事、ストレスによる暴飲暴食などが、挙げられる。皮下脂肪は、見た目から分かりやすいのでよいが、内臓脂肪は分かりにくいため余計にやっかいであり、外見的には痩せている人でも、内臓には脂肪がついている、「隠れ肥満」も多いようである。
ここまで読み進められ、胃腸のあたりが重苦しくなってきた方もいらっしゃると思うが、“備えあれば憂いなし”で内臓に脂肪をためない対策が最良である。いちばん効果的なのは、食事のコントロールとされているが、これには、本人の意志の強さが必要なだけではなく、他人との付き合いなどの妨害要因も多く、続けるのはなかなか困難であろう。それでは、ちょっと歩いたり、自転車に乗ったりする、というのはどうだろう。これには、意志の強さもそれほど必要なく、周りから妨害されることもないのでお勧めの方法である。
私事で恐縮であるが、毎朝自宅から職場まで30分かけて歩いて通勤しているが、朝の空気を吸いながら、腹部に力をいれながら早歩きをするのは、なかなか気持ちのいいものである。また、腹部のみならず頭もスッキリするため、仕事上の思わぬアイデアがひらめく、といった副次的な効果もあり、早起きで三文どころか十文くらい得をする日もある。これを読まれている方も、是非、自転車で通勤する、1つ前の駅で降りる、次のバス停まで歩く、などちょっとしたことでよいので是非試していただきたいと思う。ベルトの周りにいた友人が徐々にいなくなっていくことに気がつくことであろう。
さて、昨今、主に消費やレジャーなどで団塊世代が及ぼす経済波及効果が取り沙汰されているが、ポスト団塊、またその次の世代で人が急にいなくなってしまう訳ではない。ポスト団塊以降の世代も、お腹の周りを気にしつつ健康に留意し長寿を全うし、医療・介護費ではなく、健康的な消費活動により、日本のGDP計上にいくばくかの貢献をすることで、“胸を張って”生きていきたいものである。生涯、胸を張って生きていくためにも、日々、ウォーキングなどで“腹を張って”生きるのも悪くないのでは?
投稿者:主任研究員 長村敏孝|投稿日:2007年02月15日|
- 主任研究員 長村敏孝
- No.0211
“美しい日本”のために
先日、所有している乗用車のディーラーから、カーアラーム(盗難防止を目的とするもの)の購入斡旋に関する文書が届いた。その文書の中に、“日本の安全神話はすでに消えつつあり”というくだりがあったのだが、確かにそう実感せざるを得ないことが増えているような気がする。これは、全体的な国民のモラルの低下に起因している部分が大きいと思う。
最近、道路を横断しようとして気がついたことがある。乗用車が、信号が黄の点滅から赤に変わる時に停止しないでそのまま通行するタイミングが確実に以前より遅くなっているのである。つまり、以前は、最後尾の乗用車が横断するタイミングが、黄の点滅から赤へ変わった直後だったとすれば、現在では、赤に変わってからしばらく、もっとオーバーに言えば、もう一方の信号(自分の左右から来る乗用車が見る信号)が青になる寸前まで通行する乗用車も目立つようになってきている。
この事象の要因として、最近は以前に比べて、普段生活する上で、待つ≒辛抱する場面が少なくなっていることが挙げられるのではないかと思う。
例えば、最も身近な行動の1つであるテレビを見ることを取り上げてみよう。私が物心ついて間もなかった当時(約30年前)は、スイッチを入れてから画面に映像が浮かび上がるまで、相応の時間を要していたように思う。当時はそれが当たり前だったので気にならなかったが、現在では、とても耐えられる時間ではないだろう。他にも、生活上、待たなければいけない時間が大幅に短縮したことにより、待つ≒辛抱するといった必要性・習慣が著しく減少し、辛抱強さの低下、ひいてはモラルの低下につながっているのではないかと思う。上述した乗用車の横断の他にも、観光地でごみをゴミ箱に捨てない、移動中に食べたものを持ち帰らずに、電車の座席とか道路の路側帯に捨ててしまうなど、全般的なモラルの低下を感じさせる事象に遭遇する機会が増えたと感じているのは私だけではないだろう。
一般的に、文明が発達すれば、それにつれてモラル・マナーは向上していくものであると考えられるが、最近の状況を鑑みると、国民のモラル・マナーは、一度頭打ちして、逆にじりじりと低下を始めているのかもしれない。
しかし、依然として、来日した外国人著名人の日本に対するコメントには、“街が清潔である”、“人々が礼儀正しい”といったものが必ず登場する。つまり、まだまだ諸外国と比較すると、マナー大国なのである。新首相のフレーズではないが、“美しい日本”を回復・維持していくために、日本人一人ひとりがもう一度日本人の良さを見直し、日本人としてのプライドを持ち、気高く、誇り高く生きていくべきではないかと思う。
投稿者:主任研究員 長村敏孝|投稿日:2006年10月16日|
- 主任研究員 長村敏孝
- No.0195
中国の環境保護に対する取組み
2005年2月に京都議定書が発効となり、日本が、2008年から2012年の間に温暖化ガスの排出量を1990年比で6%削減する義務を負うこととなったことは周知の事実であるが、日本の隣国である中国は、発展途上国とみなされたため同議定書による排出基準の遵守義務は課せられなかったことはあまり知られていない。ところが、中国は近年の急激な経済成長に伴い、二酸化炭素排出量は今や米国に次いで世界第2位(割合にして12%)となっており、水質汚濁や大気汚染、工業廃棄物の急増や砂漠化の拡大など、深刻な環境汚染が進行し、昨年は、環境汚染に関して5万件もの紛争事件があったといわれている。
中国では、上海市でもっとも早く環境保護に対する本格的な取組みが開始された。これは、同市には早くから外資企業が多く進出しており、先進諸国の影響を受けやすい土壌があることから、環境保護の概念が早くもたらされたためであろう。同市では2000年から、2度の環境3カ年計画(第1次:2000-2002年、第2次:2003-2005年)により、環境保護のために合計700億人民元(約9,800億円)が投じられた。環境保全型ゴミ処理発電所や汚水処理工場の建設などの大規模なプロジェクトに加え、市街地の路上ではリサイクル用のゴミ箱が設置され、また、上海市が独自で作成した理科の教科書には環境問題に多くのページが割かれるなど、いたるところで環境保護に対する取組みや意識の高まりを垣間見ることができるようになった。さらに、今年から始まった第3次環境3カ年計画においても、合計400億元(5,600億円)が投入される予定である。すでに1月から、EUで適用されている排ガス基準「ユーロ1」に達していない自動車の高架道路への進入が制限されたほか、ごみ問題の解決のため、化粧品や食品等の包装簡素化を進めるなど、環境保護への取組みを今後もさらに強化していく方針である。
このような上海市の取組みを媒体として、国家レベルにおいても環境保護の概念がもたらされたこともあり、中国政府は環境保護に向けた本格的な取組みに着手すべく、今年2月に第11次5カ年計画に基づく「環境保護強化に関する決定」を公布した。これは、水質汚染、大気汚染、土壌汚染などを重点項目とし、5から15年間で改善していく計画を定めたものである。すでに、北京市には水素を利用した燃料電池で走行する路線バスが登場するなど、環境保護に向けた動きが見られ始めている。そのほか、日本政府が中国政府に対し、省エネ・環境保護における人材育成などを協力していくことに合意したほか、民間レベルでも、日系AV機器メーカーの中国現地法人が、環境問題に関心を持つ中国の高校生を日本に招待し、家庭におけるごみ処理や節水や、電子製品のリサイクル施設の見学などを体験するプログラムを今夏に計画するなど、国際的な提携・協力も見られるようになった。こうした中、今後ますます、2008年の北京オリンピックや2010年の上海万博を見据えた、中国の環境保護に向けた動きが注目される。
投稿者:主任研究員 長村敏孝|投稿日:2006年09月06日|
- 企画部長 岸本高昌
- 研究員 海野覚
- 研究員 後藤淳一
- 研究員 高橋晴美
- 研究員 勝見政律
- 研究員 植松紘史
- 研究員 青嶋一浩
- 研究員 大石彰男
- 研究員 田原 真一
- 研究員 齋藤衛
- 研究員 増田知臣
- 研究部長 大石人士
- 研究部副部長 望月毅
- 主任研究員 塩野敏晴
- 主任研究員 玉置実
- 主任研究員 川島康明
- 主任研究員 大石真裕
- 主任研究員 長村敏孝
- 主任研究員 冨田洋一
- 常務理事 高橋節郎
- 専務理事 中嶋壽志
- 特任部長 内野孝宏
- 駿府城に思う
- 求められる?「普通力(ふつうりょく)」
- ゴルフから見えてくる仕事観
- 風邪をひいた?上海
- 銀メダルより銅メダル?
- “モンスター”にならないように
- 上海の日本料理店にCSの原点を見た
- アンチエイジング-華麗に加齢
- 腹を張って生きる
- “美しい日本”のために














